馬車を襲う盗賊さん


 銭湯に入った日の翌朝。私は前回の街の側にいた。あとは王都に向かうだけ。王都は何があるんだろう。ちょっとだけわくわくしてる。

 配信を開始して、と。


「それじゃ、王都に向かいます」


『挨拶しよ?』

『挨拶はあったじゃん、それじゃ、という挨拶が』

『それを挨拶と認めていいのか?』


 いつものように箒に乗って、空を飛ぶ。のんびりまったり空の旅、なんて。

 そうして空を飛んでいたら、ふと争う気配が伝わってきた。少し先の方で、何かが戦ってる。これは、剣と剣がぶつかりあう音、かな?


「何か、争ってるみたい」


『マ?』

『何も見えないし聞こえないけど』

『どれぐらい先?』


「んー……。かなり、かな? 普通の人には聞こえないと思う」


 私でもぎりぎり聞こえるぐらいだから。でも、どうしようかな。私には関係ないことだし、少しだけ迂回して向かっても……。


『これは、テンプレでは?』

『テンプレの気配』

『見に行くだけ見に行こうぜ!』

『さきっちょだけでいいから!』


 さきっちょだけ見るって意味が分からないよ。

 でも、見たい人の方が多いみたいだし、とりあえず様子を見にいこう。だから、少し急ぎます。

 そうして急いで飛んだ先は、ちょっとだけ森になってる場所だった。そして、人と人が争っていた。大きな、とても豪華な馬車があって、それを守る兵士さんと、それを襲う盗賊、みたいな感じだと思う。


『テンプレキター!』

『王女様とかが馬車に乗ってて、兵士さんが全滅しかけとか!』

『そして颯爽と助ける主人公、つまりリタちゃん! 王道だな!』


 ん。そういう漫画、見たことある。でも。


「全滅しかけ……?」


 どう見ても、兵士さんたちの方が優勢だよ。倒れてる人のほとんどが盗賊だと思う。あ、また一人斬られた。


『テンプレどこ……? ここ……?』

『いやまあそうそうお貴族様側が負けるわけがないのが普通かもだけど』

『盗賊側ばかり勝つなら貴族は絶対に出歩かなくなるだろうからなあw』


 対策もしっかり取るだろうからね。今回も見始めたのは途中からとはいえ、兵士さんの方が強いし、人数も多い。負ける要素がないと思う。


「もう少し近づくけど、苦手な人は配信を閉じてね」


『どういうこと?』

『今は距離が遠くて分かりにくいけど、あれ、殺し合いだからな?』

『近づいたら……』

『把握した撤退します!』


 うん。苦手な人は今のうちに切っておいてほしい。

 少しだけ待って、フードを被ってから近づいていく。もう戦闘は終わっていて、怪我をした人の手当をし始めていた。ただ魔法使いはいないのか、包帯とかで手当してる。


「治癒魔法、いる?」


 思わずそう声をかけたら、兵士さんたちは一斉に剣を抜いてこちらに向けてきた。反応速度がすごい。

 でも、誰もが何故か目を見開いて顔を青ざめさせてる。どうしてかな?


『そりゃ空を飛ぶ魔法使いが相手だとしたら、わりと厳しい戦いになるからでは?』

『遠距離攻撃手段が少ないのに、相手は魔法をばかすか撃ってくるってことだからな!』

『ばかすかとか久しぶりに聞いたぞ』

『うるせえよ』


 そっか。戦いになったら大変だから、だね。でも、どうしよう。私は戦う気なんてまったくないけど、それを口で言っても信用してもらえるかは分からない。

 んー……。ちょっと、面倒かも。もう無視して行こうかな。

 そう思ってたら、兵士さんの一人が前に出てきた。


「失礼。高名な魔女殿とお見受けするが、名前をお伺いしても?」

「ん。隠遁の魔女」


 こういう時のための二つ名、だよね。効果もそれなりにあったみたいで、安堵した人もいるみたい。ただ、やっぱり信用できない人もいるみたいで、警戒をしてる人の方が多いみたいだけど。


「あなたが……。失礼だが、ギルドカードを見せてもらっても?」

「ん」


 アイテムボックスからカードを取り出して、兵士さんに渡す。もちろんSランクの方のカードだ。兵士さんはそれを見て、なるほどと頷いた。


「ありがとうございます。お返しします」

「ん……。治癒魔法は、いる?」

「是非お願いしたいところですが……。報酬は、いかほどでしょうか?」

「いらない」


 この場にいる全員に治癒魔法をかける。ただそれだけのことに、お金を取ろうとは思わない。そう思ったんだけど、兵士さんは首を振った。


「いえ。お気持ちはありがたいのですが、正当な報酬は受け取っていただきたい。でなければ、他の魔法使いが困りますので」

「どういうこと?」

「他の魔法使いも無料でやらなければいけなくなる、ということです」


 また同じようなことが起きた時に、他の魔法使いさんが報酬をもらえなくなってしまう可能性がある、ということらしい。あの人は無料でやってくれたのに、なんて話が出てくるかもしれないから。

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