ゴンちゃんのお風呂


 お家の前に転移して、そして気付いた。浴衣、返してない。どうしよう。


「真美。見てる?」


『どうしたの?』


「浴衣、忘れてた」


『あげるよ。また着てくれると嬉しい』

『つまり、どういうことだってばよ』

『またリタちゃんの浴衣が見れるってことさ!』

『なん、だと……!』


 また着るかは分からないけど、でもせっかくだしもらっておこう。アイテムボックスに入れておけば、そんなに邪魔にはならないし。着心地も悪くないから。

 お家に入ると、いつものようにカリちゃんが本を読んでいた。すごく集中して読んでるみたいだけど、すぐに私に気がついてくれる。顔を上げて、にぱっと笑って、そして首を傾げた。


「リタちゃん、おかえりなさいー。いつもと服が違いますねー?」

「ん。浴衣っていう、日本の服。どう?」


 カリちゃんは本を置くと、ふわりと浮かんで私の周りを飛び始めた。じろじろと、私を、というより浴衣を見てる気がする。ほうほう、なんて声が聞こえてきて、なんだかちょっと緊張してくる。


『カリちゃんも浴衣に興味津々?』

『カリちゃんも着たいのかな? 誰かカリちゃんサイズを作ってあげて!』

『無茶言うなwww』


 作れないことはないかもしれないけど、さすがに小さすぎると思うよ。


「とてもいいと思いますー。かわいいですー」

「ん。ありがと」


 カリちゃんにそう言ってもらうのは、なんだか嬉しい。

 フルーツ牛乳とコーヒー牛乳を取り出して、テーブルの上に置く。カリちゃんは不思議そうにジュースを見てる。お菓子が好きなカリちゃんだから、やっぱりジュースも気になるみたい。


「飲む?」

「ぜひー」


 早速フタを開けると、カリちゃんは魔法で少しずつ中身を取り出し始めた。どうやって飲むのかなと思ったけど、魔法で液体だけ少しずつ取り出すのはびっくりした。しかも小さな球体にして、自分の側に浮かべてる。

 カリちゃんはその小さい球体をちゅるっとすすって、おー、と笑顔になった。


「これはとても美味しいですー。お菓子の水なんてあるんですねー」

「お菓子の水……」


『お菓子の水www』

『そういう認識になるのかw』

『お菓子みたいに甘い水だからかな?』


 でもカリちゃんもジュースぐらい知ってると思うんだけど……。まあ、いいか。


「精霊様に会ってくる。全部飲んでもいいから」

「わはー。ありがとうございますー」


 美味しそうに飲むカリちゃんをちょっとだけ撫でてから、世界樹の側に転移した。


『全部飲んでもいいって言ってたけど、カリちゃん飲めるん?』

『明らかに体の体積以上あるんだが』

『精霊たちに実体がないっていうのは昔から言われてるから』


 私が食べ物を魔力に変換してるみたいに、食べようと思ったら食べ続けられるらしいからね。そもそもとして、精霊たちにとって飲食は娯楽と同じらしいし。


「精霊様」


 世界樹の側で呼ぶと、すぐに精霊様が出てきてくれた。私を見て、おや、と目を丸くしてる。


「おかえりなさい、リタ。ずいぶんとかわいらしい服ですね」

「ん。浴衣って言うらしい。真美にもらった」

「なるほど、浴衣ですか」


 精霊様が近づいてきて、じっくりと観察し始める。カリちゃんもそうだったけど、興味があるのかな。確かに私がいつもの服以外を着るのは珍しいと思うけど。


「とてもいい服だと思います。お友達からもらったのですから、大事にしなさいね」

「ん。もう保護魔法をかけておいた。汚れないし破れない」


『いつの間に……!?』

『またさらっととんでもないことしてるよこの子』

『真美ちゃんの浴衣がやばい物品になった件について』

『危険物みたいに言うなw』


 私も気に入ってるから、これぐらいはしようかなって。


「精霊様、ウナギ食べよう。ウナギ」

「ウナギ、ですか。今日リタが食べに行ったものですね」

「ん。あとフルーツ牛乳とコーヒー牛乳もある。美味しい」

「ふふ。はい。いただきましょう」


 精霊様の前にウナギの丼とジュースを並べる。さすがにウナギとジュースは合わないと思うから、先にウナギから食べてほしい。

 精霊様は早速ウナギを食べ始めた。まずはウナギだけで食べて、次にたれがたっぷりかかったご飯を一緒に食べて。なるほど、と頷いた。


「このたれが美味しいですね……」

「ん」

「魚はいらないのでは?」

「え」


『あー……』

『そういう意見も、ありますね……』

『ウナギってぶっちゃけあのたれが美味しいからな!』


 ええ……。そんなことないと思う。ウナギも美味しい。あの柔らかいお魚とたれ、そしてご飯を一緒に食べるのがいいと思う。たれだけだと、味が濃すぎると思うし。

 ただ、視聴者さんが言うには、好みによるものなんだって。だから気にしすぎたらだめらしい。


「んー……。私はウナギがある方が好き」

「ふふ。私もウナギがあるのも美味しいと思っていますよ」


 そう言って、精霊様が頭を撫でてきた。別に拗ねてるわけじゃない。

 次にフルーツ牛乳を一緒に飲む。これは精霊様もとても気に入ったようだった。


「ところで精霊様。相談がある」

「相談ですか?」

「ん。お風呂、作りたい」

「お風呂ですか。コウタもよく言っていましたね……。そういえば、コウタは以前ゴンちゃんに相談していたと思いますが」


『なるほど、と言いそうになったけどまって?』

『ゴンちゃんは精霊様にまでゴンちゃんて呼ばれてんのかw』

『原初のドラゴン(笑)』


 怒られるよ?

 でも、そうなんだ。ゴンちゃんに相談してるなら、何かしてくれてるかも。早速行ってみよう。


「行ってみる」

「はい。食器はこちらで片付けておきますね」

「ん」


 精霊様に手を振って、ゴンちゃんの目の前に転移。ゴンちゃんはいつも通り気持ちよさそうに眠ってる。ゴンちゃんのお鼻の頭を何度か叩く。起きるかな?


『ぺちぺち』

『ほんとにぺちぺちなってるのがなんともw』


 ゴンちゃんがゆっくりと目を開けて、私を見た。


「む? 守護者殿か。どうした?」

「ん。師匠からお風呂を相談されたって聞いた」

「おお……。そんなこともあったな。案を出してみたが、先代殿が悩んだ結果やめたものがある」


『マジでか!』

『え、風呂あったの?』

『そのわりにあいつ一言も言ってなかったけど』


 ゴンちゃんはそっと爪を出すと、目の前の地面に突き刺した。そうしてできあがった、大きな穴。そこにゴンちゃんが魔法でお湯をいれる。あっという間にほかほかお風呂になった。すごい。


「これでどうだ?」


『あー……』

『これは、うん……。悩むな……』

『原初のドラゴンの前で裸になって風呂に入るのか……』


 視聴者さんには抵抗感があるらしい。師匠も断ったのなら、同じだったのかも。

 私は気にしないけど。今日はもうお風呂に入ったから、別の日に入りにきたい。


「ゴンちゃん。また今度、入りにくる」

「うむ。いつでも来るといい。歓迎しよう」


『それでいいのかリタちゃん』

『羞恥心というものはないんですか……?』

『野生児にあるわけないだろうがいい加減にしろ!』


 なんだがすごく失礼なことを言われた気がするけど、恥ずかしいとは思わないかな。むしろゴンちゃんがいるなら、とても安心。結界を解除していても問題なさそう。

 また今度、入ろう。その時にお風呂上がりのフルーツ牛乳を試したい。とても楽しみ。

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