ホットケーキ
働いた後はごはん。あと、宿。実際にはお家に帰るけど、泊まってるって形は必要かなって。誰かに調べられるとは思えないけど、師匠の例があるからね。一応、記録だけでも。
というわけで、やってきたのは剣士さんと魔法使いさんに教えてもらった宿。帰る途中に聞いておいた。ここの料理なら美味しいはず、だって。
建物は二階建て。二階が宿で一階が食堂になってるみたい。ミレーユさんが泊まってる宿もそうだったし、もしかするとこれがこの世界ではよくある構造なのかも。
中に入ってみると、食堂は半分ぐらいの席が埋まっていた。みんなが食べてる料理をちらっと見たけど、ミレーユさんの宿で食べたのと似てる気がする。
「んー……。ミレーユさんの宿も他より美味しかったらしいし、それ以上は求めたらだめなのかな」
『仮にも公爵家のご令嬢が気に入るお味だからな』
『仮にも言うなw』
『前の宿より美味しい、なんてことはそうそうないと思うよ』
それは、そうだね。どこも料理に力を入れてるってわけでもないだろうし。
カウンターに座っていたのは、若い男の人。私を見て、怪訝そうに眉をひそめていた。
「お客さんか……?」
「ん。一泊と、ご飯。美味しいご飯がいい」
「あいよ。料理についてはそれなりに自信があるぜ。作ってるのは親父だけど」
親子で経営してるってことかな。
とりあえず宿の部屋に案内されたけど、テーブルと椅子、ベッドがあるだけのシンプルな部屋だった。ただベッドのシーツは誰かが宿泊するたびに交換してるらしい。そんなこだわりがあるせいで、少し値段が高くなってるらしいけど。
もっとも、高いといっても、私の所持金を考えるとそうでもない。ドラゴンの討伐でたくさんもらったしね。
『こっちの感覚としては、シーツを交換しない宿がある方がびっくりだ』
『日本は衛星にうるさいからなあ』
『そのおかげで、ホテルに安心して泊まれるっていうのもあるけど』
『空をぐるぐる飛ぶホテルですね分かります』
『なあんでみんなが流そうとした誤字に触れるんですかねえ』
こっちの宿は、普通ならどうなんだろう。どっちにしても、私は宿のベッドで寝るつもりはないけど。
部屋の鍵を受け取って、そのままご飯を注文する。宿泊客は料理を部屋まで持ってきてもらえるらしい。メニューはお任せになるらしいけど、最初に要望を伝えればある程度はその通りにしてくれる、とのこと。だから高くてもいいから美味しいものと頼んでおいた。
何がくるかな。楽しみだ。
『さらっと難易度が高い注文の仕方してるよな』
『料理人さんの胃が心配だよ!』
『高くてもいいから、というのがちょっと怖いw』
だめ、だったのかな。次から気をつけよう。
んー……。
「真美。真美」
『なにかなリタちゃん!』
『即反応するのはいつもながら草なんだ』
『いやまあ、もう学校終わってる時間だろうから、多少はね?』
『学校終わってなくても同じのような……、おや誰か来たようだ……』
『お前のことは忘れないよ』
そんな視聴者さんのコメントを見ながら、私は真美に言った。
「ひま」
『私にどうしろと?』
『草』
『草www』
『草に草を定期』
『またリタちゃんが無茶ぶりをしておられる』
そんな雑談をしながら、足をぷらぷらさせて料理を待つ。どれぐらい待てばいいのかな。そろそろかな?
「まだかな?」
『あのねリタちゃん。五分で料理はできあがらないよ? 料理をなめてるの? 怒るよ?』
「ご、ごめん……」
ただの文字のはずなのに、真美が怒ってるのが分かってしまった。ちょっとだけ、怖い。
『素ギレ真美さん入りました』
『ゴブリンキングを瞬殺するのに女子高生にびびる魔女』
『胃袋掴まれるってこういうことなんやなって』
真美は怒らせたら怖そうだから……。友達をわざと怒らせようとは思わないけど。
「真美。真美。何か食べたい」
『もうすぐご飯でしょ? でもホットケーキ焼いたから取りに来てくれていいよ』
「わーい」
『なんだこの……なんだこれ……』
『真美さんリタちゃんを甘やかしすぎでは?』
ホットケーキ。実は以前にも食べたことがある。たまに真美が焼いてくれる不思議なお菓子だ。
すぐに真美のお家に転移すると、苦笑いを浮かべた真美に出迎えられた。テーブルにはホットケーキが二枚載ったお皿が三つ。一人一皿だね。ちいちゃんがすでに食べ始めてる。
「んんんー!」
「ちい。お口は空っぽにしてから喋らないと」
「んーん」
こくん、とちいちゃんが何かを飲み込んで、改めてにっこりと笑顔を向けてくれた。見てるこっちもなんだか楽しい気持ちになる笑顔だ。
「こんにちは!」
「ん。こんにちは」
ちいちゃんの頭を撫でてあげてから、真美に向き直る。真美はホットケーキのお皿を一枚、差し出してくれた。
「はい。バターとはちみつ、どっちがいい?」
「はちみつで」
「うん。そうだよね。宿の人が困るかもしれないから、料理が届くまではあっちにいないとだめだよ」
「ん」
料理を頼んだのは私だからね。運んできたのにいない、となったらさすがに怒られそうだ。
ホットケーキとはちみつを持って、それじゃ、と軽く手を振って宿に戻った。テーブルに置いて、はちみつをたっぷりとかける。真美には自由に使っていいと言われてるから、遠慮なくたくさん使う。たくさん。
『美味そうなホットケーキ』
『そして大量にかけられるはちみつ』
『いや気持ちは分かるけどw』
『はちみつ、おいしいよね』
「ん」
ホットケーキはそのままでも美味しいと思うけど、はちみつをかけるともっと美味しい。
たっぷりとはちみつをかけたホットケーキをフォークで一口サイズに切る。そうしてから口の中に入れると、ホットケーキのほのかな甘みとはちみつの甘さがほどよく混ざり合って、とても幸せな気持ちになれる。美味しい。
「ホットケーキは幸せの食べ物」
『わかる』
『子供のおやつの定番だからね』
『ホットケーキ、作ろうかな』
ホットケーキ、すごく美味しい。とてもやわらかくて、ふわふわだ。真美にはちょっとわがまま言っちゃったかもしれないけど、とても満足。
「真美。ありがとう」
『あははー。いいよいいよ』
『美味しそうに食べてくれるのは作った側としては嬉しいだろうな』
『地味に羨ましいw』
美味しいものには美味しいと言うのは当然だと思う。
ホットケーキを全部食べ終わって余韻に浸りながら晩ご飯を待っていると、ドアがノックされた。はいと返事をすると、受付の人が入ってくる。両手には大きなお皿。大きなお肉と野菜炒めみたいな料理。お肉は分厚く切られたものを焼いたみたいで、ステーキみたい。
「お待たせしました」
テーブルの上に並んだのは、野菜炒めと分厚いステーキ、そしてご飯。スープはなさそう。
「食器は食べ終わったら持ってきてください」
「ん」
店員さんを見送って、さっそくお肉を食べてみる。ナイフで切って、お肉を一口。んー……。
「かたい」
『あらま』
『それは残念』
『味の方は?』
味は、悪くないと思う。スパイスを適度に振りかけていて、ちょっとぴりっとした刺激がある。
野菜炒めも食べてみたけど、多分ステーキと同じスパイスだね。食感が違うだけで、わりと似通った味付けだ。美味しいけど、やっぱりちょっと微妙。
でもご飯と一緒に食べると、これはこれで美味しい。
「ん。まあまあうまし」
『それはよかった』
『久しぶりに聞いたなうまし』
『リタちゃん、具体的な乾燥をおくれ』
「うまし。うま……、乾かすの?」
『誤字につっこまないでほしいかな!』
あ、感想、だね。ちょっと辛めの味付けがされた野菜炒め。それぐらいしか言えない。美味しいのは間違いないけど。
「んー……。まあ、うん。美味しいよ」
『リタちゃん舌が肥えてるから……』
『てか直前にホットケーキ食ったのが悪すぎるw』
『それなwww』
それは、否定できないかも。でも我慢できなかったから。ホットケーキはすごく美味しかったです。また食べたいな。
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