ギルドでの恒例行事やさしいばーじょん

 小さいお家から兵士さんが二人、慌てるように出てきた。初老ぐらいに見えるおじさんと、さっきのお兄さんだ。おじさんは姿勢を正すと、深く頭を下げてきた。


「お待たせ致しました、魔女殿。お目にかかれて光栄です」

「ん……。隠遁の魔女。よろしく」

「隠遁……!」


 おじさんは軽く目を瞠る程度だったけど、お兄さんの方は口に出してから絶句していた。いつの間にか、この街にも私の話は伝わってるらしい。

 悪い噂じゃないなら好きに話してくれていいから、早く入りたい。


「隠遁の魔女殿。よろしければ、訪問理由をお伺いさせていただいても?」

「ん。王都に向かってる。その通過地点。ミレーユさんから立ち寄ってあげてほしいって言われたから、立ち寄っただけ。迷惑なら入らない」

「いえそんなまさか! どうぞお通りください!」


 わりとあっさり許可が下りてしまった。門もすぐに開き始めてるけど、本当にいいのかな。偽造とか調べなくても。


『ゆるゆるな門番だなあ……』

『国境に面してるわけでもないし、こんなもんじゃね? 知らんけど』

『もしかしたら真贋が簡単に分かる方法があるのかも』


 それは、どうなんだろう? お家の中まで調べてないから、さすがにちょっと分からない。

 でも私としては、入れてもらえるなら文句はない。気が変わらない間に入ってしまおう。

 兵士さんからギルドの場所を聞いて、門を通った。




 街の中央付近にギルドがあった。街の中央は噴水のある広場だ。この噴水は魔道具が使われていて、水を浄化しつつ噴き上げてるらしい。だから一応、飲むことができるらしいよ。


「飲んでみる?」


『浄化してるなら飲めるんだろうけど』

『でも街の人に飲んでる人がいないんだけど』

『それな』


 そうなんだよね。兵士さんは飲めるって自信満々に言ってたけど、少なくとも街の人は飲もうとしてない。何かがあったのかな。

 気にしても仕方ないからギルドに入った。

 ギルドはやっぱり同じような造りで、入った瞬間にたくさんの視線が私の方に向いた。ただ、敵意よりも困惑の方が多いかも。フードを被ってるからかな。

 視線の中を歩いて、カウンターへ。受付さんも固まってるけど、ギルドカードを差し出すとはっと我に返って確認してくれた。


「え……!?」


 口をあんぐりと開けてまた固まる受付さん。しばらく私のカードを凝視していたけど、少々お待ちくださいと慌てたように奥の部屋に走っていった。

 これ、もしかしてどこの街に行っても同じなのかな。毎回になるとちょっと面倒だ。


「そこのあんた」


 そう思いながら待っていたら、男の人が声をかけてきた。隣の受付さんに対応してもらってる人で、若い剣士さんだ。そしてその剣士さんにべったりはりつく魔法使いのお姉さん。ミレーユさんよりは年上に見える。


『なんだコイツ』

『リア充だ! リア充がいるぞ!』

『リア充爆発しろ!』

『よし殺そうぜリタちゃん!』


 過激すぎるよ。まだ何もされてないのに手を出すつもりはないよ。リア充って、なんだっけ。リアルが充実してる人、だっけ? よく分からないけど、とりあえず恋人っていうのがいたらその判定は間違いないみたい。

 うるさくなるコメントを無視しながら剣士さんに視線を向けると、どこか困ったような笑顔を浮かべていた。悪い人ではなさそうに見える。


「ちらっと見えたけど、今のはSランクのギルドカードだろ? だめだよ、偽造なんて。厳罰になるから、謝った方がいい。今なら許してもらえると思うから」

「ん。どうして偽造だと思ったの?」

「こんな中途半端な場所のギルドにSランクが来るわけないからさ」


『草』

『言ってて悲しくならないんかこの人w』

『ていうか、ここって魔法学園の街と王都の間だし、ギルドに立ち寄る人ぐらいはいるんじゃ?』


 そうだよね。私もそう思う。だから、聞いてみよう。


「なんで? 通り道だし、ギルド立ち寄ったりしないの?」

「ほとんどしないよ。この街に立ち寄ることはあっても、わざわざギルドに来ることなんてしない」

「そうなんだ」


『なるほど理解した』

『この街に立ち寄って宿に泊まって、そのまま出発されるってことかな』

『まあ次の目的地が王都か魔法学園の街なら、わざわざギルドに立ち寄る意味はないしなあ』


 そうだね。私もミレーユさんに言われてなければ素通りしたと思うし。私も次から素通りしようかな。いやでも、急いでも仕方ないよね。悩む。


「そういうわけで、Sランクなんてあり得ないんだ。だから、早く謝罪を……」

「何言ってんだお前」


 その声は、カウンターの奥から。


「おー……」


 筋骨隆々のおじさんだ。ギルドの制服の上からでも筋肉がよく分かる。すごい。


『むきむきやな!』

『すげえな、フランクさんとかでもすごいと思ってたけど、それ以上だ』

『服がぴちぴちすぎてなんか、こう……。もう脱げよ』

『それはそれで問題あるだろw』


 おじさんは私の前に立つと、そっとギルドカードを返してきた。受け取って、アイテムボックスへ。剣士さんの隣の魔法使いさんが目を見開いたのが分かった。


「ぎ、ギルドマスター! この人は違うんだ! その……えっと……」

「あーあー。いい、いい。余計なことを言うな。お前は無駄に優しいからな。でも今回は余計なお世話だ」


 このおじさんがギルドマスターらしい。ギルドマスターさんは私に向き直ると、こほんと咳払いをして、


「ようこそ、隠遁の魔女殿。この街のギルドにSランクの冒険者が来るなんて久しぶりだ。歓迎するよ」

「な……っ!」


 おお、剣士さんが絶句してる。本物だとはやっぱり思ってなかったらしい。理由を聞けば仕方ないかなとも思えるけど、思い込みは良くないと思う。私から言うつもりはないけど。

 私もギルドマスターに向き直ってから言った。


「ん。王都に向かう途中で立ち寄っただけ。ついでに、何か依頼があるなら見せてほしい」

「そりゃ助かるが……。いいのか? Sランク向け依頼なんてないぞ?」

「別にいい。簡単だけど誰もやりたがらないお仕事でもいいよ」

「変わった魔女さんだなあ」


 ギルドマスターさんは不思議そうに言うけど、私はどちらかと言うと簡単な依頼の方がいいと思ってる。一日で終わらせたいから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る