師匠の旅のやり方


 精霊様とおうどんを食べて、翌朝。私はミレーユさんが泊まる宿の前に立っていた。まだ日の出からあまり時間が経ってないんだけど、街の人の一部はすでに働き始めてる。もしくは帰るところだったりするのかな。


『みんな朝からがんばるなあ……』

『リタちゃんももうちょっとゆっくりすればいいのに』


 起きてからすぐに配信を始めたけど、視聴者さんも眠たそうだ。寝ればいいと思うんだけど。

 宿の中に入ると、カウンターにいたおばさんが……、いや、違った。お姉さんだ。二十代ぐらいのお姉さん。カウンターに頬杖をついて、私を見て目を丸くしていた。


「びっくりした……。ミレーユさんから朝にお客さんが来るとは聞いていたけど、本当に来るなんて……。あ、一応、名前を聞いてもいいかな。聞いてる特徴が一緒だから大丈夫だとは思うけど、念のためね」

「ん。リタ」

「はい。それじゃあ、通っていいよ。ミレーユさんなら私室にいるはずだから」


 そう言って、手をふらふらと振っていた。


『全部宿の部屋なのにミレーユさんの私室とはこれいかに』

『もうこれほとんどミレーユさんの家だよなw』

『常に満室でお金が入ってくると思うといい客なのかもしれないけど』


 ミレーユさんが出て行った時は大変そうだけどね。ミレーユさんのことだから、その時は何かしら手を打つだろうとは思うけど。

 階段を上ってミレーユさんの私室の前へ。ノックすると、すぐにドアが開いた。


「お待ちしておりましたわリタさん! ささ、どうぞ!」

「ん」


 ミレーユさんに手を引かれて部屋の中に入って、そしてちょっと反応に困った。


「うわあ……」


 それはもう、とてもすごいことになってた。


『汚部屋……てわけではないけども……』

『汚れてはいない、か』

『ただし本や書類があっちこっちに散乱してる』

『男の一人暮らしみたい』

『やめてさしあげろ』


 これはさすがに、もうちょっと片付けた方がいいと思うよ。歩くスペースはあるけど、これはちょっとひどいと思うから。

 家具は机と椅子、ベッド、そして本棚がたくさん。ちなみに本棚にはぎっしりと本が並んでる。つまり散乱してる本は入りきらなかった本らしい。

 んー……。本棚を見ると、私もあまり言えないかもしれない。私の部屋が片付いてるのは、入りきらない本を全てアイテムボックスに入れてあるからだし。


「さて、リタさん」


 ミレーユさんの方に視線を戻せば、ミレーユさんは封筒を持っていた。封蝋、ていうんだっけ。それがしっかりとされているものだ。


「こちら、わたくしのお父様への紹介状となります。王都の門の兵士にでも見せれば、屋敷へと案内してくれます」

「ん……。その、ミレーユさん」

「はい?」

「私のことはどこまで書いてる? 守護者のことは隠しておきたいなって……」


 もっと早く言えば良かったとちょっと後悔してる。書き直しになったら、ミレーユさんにとっては二度手間になっちゃうから。

 ミレーユさんはなるほどと頷いて、そして笑顔で言った。


「そうなるだろうと思いまして、守護者については書いていませんわ。賢者様も隠していたことですし」

「おー……」


『さすがミレーユさんやで』

『リタちゃんのことをよく分かってる』

『日本での理解者が真美ちゃんとするなら、異世界側の理解者はミレーユさんだな』


 そういうのは恥ずかしいからやめてほしい。

 守護者について書かれていないなら、大丈夫かな。受け取ってみると、バルザス公爵の名前が書かれていて、ミレーユさんの名前もちゃんとある。

 封蝋からは魔力も感じられるから、ちょっとした魔道具なのかも。


「ですが、リタさん。隠遁の魔女、ということは書かせていただきましたわ。でなければ、わたくしが紹介する理由がありませんもの」

「ん。それなら大丈夫」


 ただの一般人が知り合いだと、さすがにちょっとおかしいからね。仕方ないと思う。

 それじゃあ、王都に行こうかな。今からちょっとだけ楽しみだ。


「紹介状、ありがとう。王都行ってくる」

「あ、もう少し待ってほしいですわ。それについてなのですけど」

「ん?」

「王都へは転移で直接向かうつもりですか?」


 んー……。どうしよう。実はちょっと悩んでる。だいたいの場所が分かれば転移で近くに行けばいいと思うし、でもまた空を飛んでいくのも悪くないと思ってる。

 師匠はどうしたのかな。転移で行ってたりするのかな?


「師匠がどうしてるか、知らないよね……?」


 聞きながら、さすがに知ってるわけがないと思ってしまった。そもそもとして守護者であることも隠してたぐらいだし、移動方法なんて人に言わないと思う。

 そう思ってたんだけど、ミレーユさんはどこか神妙な面持ちで答えてくれた。


「これはあくまで、噂にすぎないのですけれど……」


 賢者は二、三日街に滞在すると、その後はほとんど姿が見えなくなったらしい。でも何故か夜になると戻ってきたそうだ。そうして夜にしか見なくなって、やがて夜でも見なくなって。そして夜に現れなかった翌日には、別の街に姿を現していたらしい。

 どこかの国で実際にあったことだと言われてるけど、確かめるようなことはしなかったんだって。さすがに誇張された話だろうと思ったらしい。無理もないと思う。

 でもこれ、師匠が何をやっていたのか、なんとなく分かった。


「師匠、野宿するのが嫌で、街から街の移動の途中は前の街の宿に帰ってたんじゃないかな……。日没ぐらいで場所を覚えておいて、前の街に帰って、翌朝にその続きから、みたいに」


『なるほど把握……いやちょっと待てw』

『そんなんありかよwww』

『すっげえ気楽な旅してるなあいつw』


 私も魔法学園の街に行く間は似たようなことをしたから、人のことは言えないけど……。否定はできない。改めて考えると、ちょっとずるいと思う。

 ちなみに私の説明を聞いたミレーユさんは、何とも言えない曖昧な笑顔になっていた。なんというか、ちょっとだけごめんなさい。

 私は、どうしよう。のんびり歩きたい、なんて思ってるわけじゃないけど……。でも、どうせなら他の街も見てみたいなと思ってしまう。


「ミレーユさん。王都まで他の街はある?」

「ええ、もちろんですわ。魔法学園の街はもちろんですし、その後も王都にたどり着くまでに三つほど街がありますわね」

「じゃあ、その街を一日ずつ見て回る」


 空を飛ぶ魔法で次の街まで行って、一日のんびり見て回って、翌日にまた次の街。そんな感じで行こう。急ぐ必要もないわけだし。

 そう言うと、ミレーユさんは笑いながら頷いた。私らしくていいと思う、だって。


「小さな村でもない限り、ギルドは必ずありますわ。よければ立ち寄ってあげてください」

「ん」


 それじゃ、早速出発しよう。

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