たべもののうらみはおそろしいのです

 テーブルに並ぶ料理を全て食べ終わったところで、おばさんがミレーユさんのお気に入りの料理を持ってきた。大きなお皿に載せられているのは、とても大きなお肉。日本で言うところの子豚ぐらいの大きさはあるお肉だ。実際に何かを丸焼きにしてるのかも。

 おばさんが料理をテーブルに置くと、香草の強い香りが鼻をくすぐってきた。食欲がそそられる、とっても美味しそうな香りだ。


「おー……」

「こりゃすげえ……」


 フランクさんたちもそのお肉を見て目を見開いてる。


「森の奥地にいるキャスティボアの丸焼きだよ。作るのに時間はかかるけど、ミレーユちゃんなら食べきれなくてもアイテムボックスに入れてくれるからね。安心して作れるってもんだ」

「このためにいつもアイテムボックスには余裕を持つようにしていますわ!」


 美味しい物のためなら、アイテムボックスに余裕を持たせるのは私も分かる。アイテムボックスが小さかったら、私も食べ物のスペースは確保しただろうから。


「リタさんはもちろん、フランクさんたちも食べていいですわよ。もちろんわたくしのおごりです」

「おお! それはありがたい!」

「なかなか手が出せないからね、これ……」

「初めて食べるわ……」


 フランクさんたちでもあまり食べられないものらしい。そんなに珍しいものなのかな。


「これ、そんなに高いの?」


 そうミレーユさんに聞いてみると、


「ええ。キャスティボアはなかなか人前に出てこない魔獣ですわ。一週間に一頭、市場に出回ればいい方ですわね。もっとも、お肉よりも中に詰められているお野菜や香草の方が高いのですけど」

「ん?」


 そんなに高いお野菜なんだ。どんなのかな。

 おばさんが切り分ける様子をじっと眺める。中にお野菜を詰めてるらしい。おばさんがお肉を切り分けて、そうして出てきたお野菜は、私にとっては見覚えのあるものだった。


『なるほど、そりゃ高いわ』

『むしろおばちゃんよく仕入れられるなこれw』

『わからん、もうちょい詳しく』

『おう、最近見始めた人は分からないだろうけど、精霊の森にしかない野菜だよ』


 そういうことだね。精霊の森の浅い場所に自生してるから採取はまだしやすい方だと思うけど、それでも精霊の森に違いはない。当然だけど一部の魔獣は浅い場所にでも行くから、冒険者さんにとってはこれでも命がけだと思う。

 でもそれだけに、成功すればとても高値で売れるらしい。どれだけの金額かは私にはよく分からないけど。


 それにしても。森の野菜ってこんなに美味しそうになるんだね。もしかしたら、もっと美味しいお野菜とかがあるのかも。調べてみようかな。でも師匠がすでに調べてそうだな……。

 いや、うん。それは後回し。先にこれを食べよう。とても、楽しみ。どんな味かな。

 ナイフとフォークを手に取って、早速食べようとしたところで。

 人が、飛んできた。その誰かはテーブルに落ちてきて、当然だけど美味しそうな料理も飛ばされて、そして床に落ちた。べちゃりと。


「てめえ! 何しやがる!」

「うるせえお前が余計なこと言ったんだろうが!」


 ケンカだね。うん。

 んー……。油断、かな。結界があるからって周囲に対する注意をおろそかにしすぎかも。特に私はご飯を前にするとそれに集中してしまうって師匠にも言われたっけ。うん。反省しないとね。

 うん。うん。よし。


「殺そう」

「お、お待ちくださいリタさん! 気持ちは分かりますが落ち着いて!」

「嬢ちゃん落ち着け頼むから! 座れ! まず座れ! な!」


 止めないでほしい。私だって、すぐに謝ってくれるなら、ちょっとこう、ちょっとだけ怒るだけだったよ。でも、ほら。全然反省してないよ。今も殴り合いしてるよ。他の人にも迷惑かけてるよ。


「食べ物を粗末にするやつに生きてる価値なんてないと思う」

「だめですわ! この子本気で怒ってますわ!」

「おいお前らあいつら止めてこい! ここに座らせろ謝らせろマジなやつだぞ! これ完全に敵認定してるぞ!」

「わ、わかった!」


『やばいやばいリタちゃんこれマジギレしてないか!?』

『そりゃお前、食べるの大好きな子だぞ?』

『さあ食べようとしたごちそうをいきなり取り上げられたんだ。誰だって怒るさ』


 うん。そう。私も怒る。さあ食べようと思ったらなくなったから。うん。怒るよ。

 まだうるさいみたいだから、とりあえず静かにさせよう。足で床を叩いて、魔法を使う。


「ふぎゃっ!」


 それだけで、ケンカをしていた男二人は床に叩きつけられた。そのまま起き上がれずにもがいてる。この人たちだと起きられないだろうね。上から押さえつけてるから。

 その二人の前に立つ。二人は倒れたまま私を見て、なぜか蒼白になった。


「どうしようかな……」

「ひっ……」

「リタさん本当に落ち着いてください! お願いですから!」


 だめだよ。食べ物の恨みはおそろしいって日本では言うらしいよ。

 ばくっとしようかな。そう思って魔法を使おうとしたところで、


『リタちゃん、だめだよ』


 そのコメントだけ、不思議と耳に響いた。


「ん……。真美?」


『リタちゃん、ちょっと怒りすぎだから。落ち着こう? ね?』


「ん……」


 そうかな。そうかも。うん。ちょっと、怒りすぎだよね。すごく楽しみにしてたからって、殺すのはだめかな。


『それに、リタちゃんなら取り返しはつくでしょ?』


「ん」


 それもそう。とりあえず、落ちてしまった料理を全て回収、アイテムボックスに放り込んでいく。その時に汚れは除去。香草も一部落ちてしまうかもしれないけど、それは妥協かな。

 最後に魔法を解除してから、ミレーユさんに向き直った。


「ミレーユさんのお部屋で食べよう」

「そ、そうですわね! そうしましょう! ほら、フランクさんたちも!」


 そうして、みんなで移動。その直前に、


「いいかお前ら、酒の飲み過ぎには気をつけろよ。見た目はかわいらしくても中身がやばいやつっていうのはどこにでもいるからな。今日のことは教訓にしておけよ」


 フランクさんがケンカをしていた二人にそう言っていた。失礼だと思うけど、私もちょっとやりすぎちゃったから何も言わないでおく。私も反省しないとね。

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