宿のご飯

 どうしようかなと考えていたら、ミレーユさんが小さく噴き出した。


「いえ、ごめんなさい、リタさん。敬語などは気にしなくて構いませんわ」

「ん? いいの?」

「ええ。守護者とはそういうものですわ」


 よく分からないけど、いつも通りでいいならその方が楽だ。それじゃあ、早速明日にでも王都という場所に行ってみよう。魔法学園がある街よりも大きい街らしいから、ちょっと楽しみだね。


「じゃあ、明日行ってみるね」

「ええ。では明日の朝までに紹介状をご用意しますわ。今日はどうします?」

「んー……。特に予定はない。散歩でもしようかな」

「ではご一緒しますわ。お出かけしましょう」

「ん」


 日本に行こうかなと思ったけど、ミレーユさんとお出かけは楽しそうかもしれない。のんびり散歩しながら、ミレーユさんとお話ししよう。

 その後は街を散歩しながら、ミレーユさんから色々と話を聞いた。色々と言っても、この街の案内みたいなものだったけど。

 ミレーユさんはこの街を拠点にしてるからか、この街について詳しくてたくさん教えてもらうことができた。魔法には使えないことだけど、これはこれで楽しかった。




 日が沈み始めた頃に私たちは宿に戻ってきた。一階の食堂にはすでにたくさんの人が入ってる。うるさいというほどではないけど、とても騒がしい。でも私は、こういう騒がしさは嫌いじゃない。


「おや、おかえりミレーユちゃん。夕食はどうするんだい?」

「二人分お願いしますわ。客間の方に運んでくださる?」

「あいよ。ちょっと待ってな」


 そう言って、宿のおばさんが忙しそうに走っていく。ミレーユさんと階段を上ろうとしたところで、近くに座ってる人が声をかけてきた。私も知ってる人。フランクさんだ。


『フランクさん! 君は行方不明になってたフランクさんじゃないか!』

『そのネタもう分かる人少ないと思うぞ』

『むしろ行方不明になってたのはリタちゃんなんだよなあ』

『言われてみればそうだw』


 行方不明……ではないと思うけど。でも、そう思われててもおかしくないのかな。


「どうも、灼炎の魔女さん。リタちゃんも久しぶりだなあ。元気にしてたか?」

「ん」

「こんばんは、フランクさん。わたくしたちはすぐに部屋に戻りますわ」

「そうですか。せっかくなら一緒にどうかと思ったんですがね」

「それは……」


 ミレーユさんが私を見てくる。私が決めていいってことかな。それなら一緒に食べてみたい。騒がしいところで食べてみるのも試してみたいし。

 魔法学園の食堂も生徒の話し声で騒がしかったけど、こっちはちょっと違う気がする。こっちの方がすごくうるさい。


「ここで食べたい」


 ミレーユさんにそう言うと、わかりましたわと頷いてくれた。


「すみません! わたくしたちもここで食べますわ!」

「あいよー!」


 ミレーユさんがカウンターへと叫ぶと、おばさんの大きな返事がすぐにあった。

 フランクさんが使ってる丸テーブルには、他に二人いた。フランクさんのパーティメンバー、ケイネスさんとパールさんだ。二人とも、私たちが椅子に座ると楽しそうに手を振ってくれた。


「久しぶりだね、リタちゃん。元気そうで良かった」

「ええ、本当に。魔法学園はどうだったのかしら」

「んー……。楽しかったけど、もう満足した」

「さすがは隠遁の魔女のお弟子さんね……」


 パールさんは感心してくれてるみたいだけど、飽きただけとも言えなくもないから、あまり触れないでほしい。

 フランクさんから最近の依頼の話を聞きながら待っていると、料理が運ばれてきた。大きなお肉を香草で巻いたものや、何かのお肉の串焼き、たくさんの具材が入ったシチュー、他にもいっぱい。


『おお、すっげえ美味そう』

『でっかいお肉とかいいなあ。丸かじりしたい』

『こういう料理、不思議と憧れるわw』


 そういうものなのかな。美味しそうだとは思うけど、私はやっぱり日本の料理の方がいい。


「相変わらず魔法使いってのはよく食べるよなあ……」

「僕たちの方がよく動くはずなんだけどね」


 苦笑いするフランクさんとケイネスさん。魔力に変換されることを知らない人が多いのかな。

 お肉を取って、食べてみる。大雑把というか、味付けはかなり適当のような気がするけど、それでも噛み応えがあって美味しいと思う。日本の料理と比べるとちょっと物足りないけど、それは比較対象が悪いだけだろうし。


「ん。美味しい」

「そうでしょう? わたくしがここを選んだ理由は料理にありますから」


 あ、そういう理由でこの宿を選んだんだ。でも大事なことだね。美味しいご飯が待ってると思うとやる気も出るし。

 シチューに入っているのはお野菜と大きめのお肉。どれもしっかりと煮込まれているみたいで、とても柔らかい。すごく食べやすい。ちょっと茶色っぽい色のシチューだけど、何のシチューかな。

 たくさんの料理を味わっていると、おばさんがミレーユさんに話しかけた。


「ミレーユちゃん。例のあれ、今日は仕入れてるよ。出すかい?」

「本当ですの!?」


 ミレーユさんが勢いよく立ち上がった。思わずミレーユさんを見てしまうと、すぐに恥ずかしそうに顔を逸らして咳払い、そうしてから座り直した。そして、


「あら、そうですか。それでは出していただけます?」


『しれっと言い直してるw』

『それで取り繕えると思ってるのかこの人はw』

『同じテーブルの人がみんなぽかんとしてるw』


 ちょっとだけ驚いた。例のあれって何だろう? ここで言うってことは、料理の何かだと思うんだけど……。

 おばさんの言い方を考えると、なかなか手に入らないものを使った何か、だと思う。でもそれって、私がいても大丈夫なのかな。


「ミレーユさん」

「は、はい! 何ですの?」

「私はまだいていいの? ミレーユさんの楽しみだよね?」


 そう聞いてみると、ミレーユさんはもちろんですと頷いた。


「ええ、そうですわね。楽しみですけれど、だからこそリタさんにも食べてほしいですわ」


 なんだか意味ありげだ。でも、私も食べられるなら、やっぱり食べてみたい。ミレーユさんのお気に入りの料理、楽しみだね。


『リタちゃんがそわそわし始めてるw』

『でもなんか周りがうるさくね?』

『酒も出してるだろうしこんなもんだろ』

『なんかフラグな気がするw』


 確かにちょっとうるさいけど、でもこれぐらいなら賑やかなだけだと思う。

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