おへやたくさん

 すぐに階段を駆け下りてくる音が聞こえ始めた。そして姿を見せたのはミレーユさん。いつもよりラフな服装で、すぐに私に駆け寄ってきた。


「リタさん!」

「ミレーユさ……、むぎゅう」


 おもいっきり抱きしめられた。少し苦しいからやめてほしい。


「ああ、本当に久しぶりですわ! どこに行ってしまったのかと心配しましたわ!」

「んー……。でも、一週間ぐらいだよ?」

「リタさんは帰ったという手紙が先に届いたのですよ? 転移で帰ってこられるあなたよりも先に。心配もします」

「あー……」


 そっか。そうだよね。私が帰ろうと思えば一瞬で帰れることをミレーユさんは知ってる。それなのに日数がかかる手紙が先に来たら心配もする、のかな。


「森で研究をしてた。ごめん」

「それなら仕方ありませんわね。研究に没頭してしまうのは魔女の性ですわ」

「ん」


『それで納得するのかよw』

『つまりミレーユさんもそういう時があるってことか』

『魔女って心配をかけるって意味でも迷惑かけてそうだなw』


 そんなことはないと言いたいけど、すでに視聴者さんにも心配かけてたみたいだし、あまり言えない。

 ミレーユさんが落ち着いたところで、とりあえず部屋で話そうということになった。階段を上って、五つあるドアのうちの一つに入る。もちろん貸し切りだから全てミレーユさんの部屋だけど、今回入れてくれた部屋が来客用の部屋らしい。


「ちなみに他の四部屋は、二部屋が素材の保管室、一部屋が実験室、最後の一部屋がわたくしの私室ですわ」

「部屋がたくさん」

「劣化しない、しづらい素材は部屋に入れるようにしています。アイテムボックスは有限ですから。まあもっとも? 限界が分からない規格外を最近知りましたけど?」


 じっとりとした目でミレーユさんに見られてしまった。こればっかりは教えてどうにかなるものじゃないから許してほしい。

 ミレーユさんが来客用に使っている部屋は、少しだけ高そうな家具が置かれていた。高そうと言っても、貴族が使うような家具には見えないけど。座り心地が良さそうな椅子や、書類を広げやすそうな大きなテーブルがあるぐらい。あとは、宿泊を想定してか柔らかそうなベッドもある。


「これが公爵家の部屋……」

「やめてください! そんなわけがないでしょう! ここは冒険者としての拠点です!」

「Sランクの部屋」

「待ってくださいまし、それはそれで誤解を招きますわ! まだ低いランクの時からずっと使わせていただいているだけです!」


 ミレーユさんが魔女の称号をもらう前から、この宿にお世話になってるらしい。最初は一部屋だけだったらしいけど、ランクが上がるにつれて部屋数を増やして、いつの間にか全部屋借り切っていたそうだ。

 宿屋の人は怒ることもなく、お金を払ってくれるなら構わないとしてくれてるんだって。今ではむしろ灼炎の魔女のお気に入りとして、とってもいい宣伝になってるらしい。実際にミレーユさんはここの料理をすごく気に入ってるんだとか。


「ここの料理、美味しいの?」

「わたくしは気に入っていますわ。あとで持ってきてもらいましょう」

「ん」


 美味しい料理なら楽しみだ。どんな料理だろうね。

 ミレーユさんに促されて椅子に座る。ミレーユさんは私の対面に座った。


「さて、リタさん。わざわざこの宿にまで来たのです。何かわたくしに用件があるのでしょう?」

「ん。でもミレーユさんに会いに来たのもある。心配してるかなって」

「リタさん。抱きしめていいかしら」

「さっきやったからだめ」

「くっ……! もう少し堪能しておくべきでしたわ……!」


『堪能てw』

『最近ミレーユさんのリタちゃん大好きに拍車がかかってる気がする』

『魔法使いとして対等以上の相手っていうのが少ないっぽいからなあ……』


 それが主な理由だと思う。たった一人で魔法の勉強を続けるって、なかなか辛いと思うから。魔法について誰かと話そうとも、理解してもらえることが難しくなりそうだし。

 私は一人で研究し続けるのも楽しいから平気だけど、普通の人は辛いらしいから。


「用件だけど、師匠が魔法学園の前にどこにいたか、知りたい」

「ああ、なるほど。魔法学園でのことは聞き終わったのでしたわね。足跡をたどるのなら次も知りたいというのは理解できます。ですが、今の順番だと逆順に巡ることになりますが、よろしいのですか?」

「じゃあ、師匠が最初にどこに行ったか、知ってる?」

「言われてみれば知りませんわね……。冒険者登録はこの街でしたとの記録は残っているようですけど、ここが最初だったのか、そしてこの街の後にどこに向かったのかは知りませんわ」

「だよね」


『でも冒険者登録の街はここだったんか』

『てことは、リタちゃんはお師匠と同じ場所で冒険者登録したってことだな!』

『おお、そう思うとなんかいいな』


 そっか。そういうことになるんだね。師匠と同じ出発地点。ちょっと嬉しい。


「そういうことなら、そうですわね。逆順もいいでしょう。魔法学園の前は、その国の王都に滞在していましたわ。わたくしもその時に賢者様とお話をさせていただきました」

「そうなんだ」


 魔法学園がある国の王都。魔法学園が大きな建物だったし、その王都になるとすごく大きな街かもしれない。師匠はそこで何をやってたんだろう。

 うん。じゃあ、次は王都に行ってみよう。師匠に会った人を探すのは大変そうだけど。


「王都に行ってみる」


 ミレーユさんにそう言うと、薄く笑いながら頷いた。


「そう言うと思いましたわ。では王都の詳しい場所と、あとは紹介状をしたためましょう。王都のバルザス公爵邸を訪ねてください。お父様が対応してくれますわ」

「んー……。貴族に関わるのは嫌だけど……」

「賢者様は王様に謁見しておられますけど」

「ええ……」


『マジかよw』

『何やってんだよお師匠!』

『めちゃくちゃ無礼なことしてそうw』


 さすがにそれはないと思うけど……。でも師匠が敬語を使ってるところとか、想像できない。あと、私も自信がない。

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