渡されたもの


 竜カツカレーを食べた翌日。私は首相の橋本さんと会うためにいつものホテルにいた。いつものテーブルで向かい合って座ってる。


「来てくれてありがとう」

「ん」

「昼食は気に入ってくれたかな?」

「美味しかった」


 お昼ご飯に出してくれたのは、お寿司。何度か食べさせてもらってるけど、やっぱりお寿司は美味しい。炙ったサーモンが特に好き。


「それじゃあ、改めて……。君に渡したいものだけど」

「ん」

「これだよ」


 そう言って橋本さんが渡してきたのは、少し大きめの紙の袋。受け取って中を見てみると、何かの生地みたいな……。いや、服、かな?


「服?」

「ああ。心桜島の高等学校の制服だよ。もちろん、君のサイズだ」


 制服って、学校に行く時に真美が来てる服だよね。黒いセーラー服、というもの。真美曰く、昔ながらの制服らしい。最近だとあまり見かけなくなってるらしいけど。


「どうして?」

「渡したのか、ということだね。君が親しくしている中山真美さんから連絡があったんだよ」


 なにそれ。真美は何やってるの……?

 橋本さんが言うには、本人確認がとても難しくて、確認するのに苦労したらしい。真美には認識阻害をかけてるから当然だと思う。結局住所とかは分からなかったみたいだけど、配信時以外の私の写真で信用したとのこと。

 何の写真を見せたのかな。別に怒るつもりはないけど、ちょっと恥ずかしい。


「もし別人だったとしても、不利益になるほどではなかったからね。協力したんだ」


 詳しくは真美に聞いてほしい、ということらしい。本当に何をやったのかな。


「ん……。分かった。真美に聞いてみる」

「ああ。一応言っておくけど、彼女に悪気はなかったよ。写真も最終手段のようなものだった」

「大丈夫。怒ってるわけじゃない」


 そう言うと、橋本さんは安堵のため息をついた。怒ってるように見えちゃったのかな。

 渡す物はこれだけみたいだったから、私は橋本さんに手を振って真美の家に転移した。

 まだお昼過ぎだからか、真美の家には誰もいない。とても静かだ。暇だから、とりあえず配信でもしよう。


「ん」


『きちゃ!』

『まってた!』

『最近最初の挨拶がんで固定されてないか?w』


 だって考えるのが面倒だから。


「橋本さんに会ってきた」


『橋本さんて……首相か』

『リタちゃんの配信見てると感覚が麻痺してくるな』

『近所のおっちゃんみたいなイメージになってるw』


 とても偉い人、というのは分かってるけど、でも私もその感覚に近いかもしれない。ちゃんと最初の条件は守ってくれてるし、いい人だと思うよ。


「橋本さんからもらってきた」


 紙袋の中身をテーブルに置いていく。ビニールというものに包まれた服だ。私から見ると、とりあえず服ということしか分からないんだけど、一部の視聴者さんはすぐに分かるものみたい。


『セーラー服? なんで?』

『首相の趣味ですね分かります』

『憶測で言うのはやめろと言いたいところだけど、マジでなんで?』


「さあ……。真美に聞いてほしいって言われた」


 何かをするつもりなのかな。私には分からないけど。でも、真美とおそろい。ちょっと楽しそう。


「とりあえず……着てみる?」


『是非』

『はよ!』

『まって』


 賛成の中に少しだけ反対の声があった。一つは、多分真美だと思う。私に着させるためのものじゃなかったのかな。


「真美、だよね。学校は?」


『配信見てる時はどうしてかみんなにあまり認識されてない』

『ええ……』

『どういうことだってばよ』


 あー……。多分、私に関することだから、かもしれない。真美にかけた認識阻害はかなり複雑で、一部の条件指定がちょっと曖昧だから。


『だから私は気兼ねなく配信を見れる!』

『おいwww』

『それでいいのか高校生www』

『平日でも真美ちゃんが出没してた理由はこれかw』


 これは、だめなのかな。私だと判断ができないけど、真美が何も言ってこないのなら別にいいのかな。何かあったら、真美なら言ってくれると思うし。


「ん。それで、真美。これ、着たらだめなの? 誰かに渡すもの?」


『リタちゃんが着るものだけど今はだめ! だめったらだめ! ぜったいだめ!』


「ええ……」


『なんかめちゃくちゃ言ってるぞこの子』

『一番最初に見たいというちょっとした独占欲だったりして』

『あり得そう』

『その通りだよ悪いかばか!』

『草』


 えっと……。まあ、うん。私も別に早く着たいわけじゃないし、別にいいけど。それじゃあ、紙袋に戻して……。


『今すぐ帰るから待ってて早退する』


「え」


『ちょwww』

『なんだその行動力』

『勉強しろよ高校生だろ』


 さすがに今回は視聴者さんが正しいと思う。でも真美はもう反応することはなかった。多分本当に帰り始めてるんだと思う。

 嬉しいような、申し訳ないような、呆れるような、ちょっと複雑な心境だよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る