(※別視点)人間の天敵


   ・・・・・


 エリーゼとフォリミアの二人は、岩の陰に隠れて息を潜めていた。岩の向こう側、少し離れてはいるが、見える場所にドラゴンがいるためだ。

 素材集めのために森を訪れたエリーゼだったが、ついでに岩山の素材も回収しようと移動したのだが、それが悪夢の始まりだった。ドラゴンが見えた瞬間にフォリミアの手を引いて急いで岩の陰に隠れたものの、逃げることは難しい。


 偶然、見つかることもなくこうして隠れることができたが、逃げる時に見つからないとは限らない。いやむしろ、見つからなかった方が奇跡だ。普通はこちらが気付くよりも早くに見つかるし、そのまま食べられるなりするはずだ。殺されないわけがない。

 だから。二人は動けずにいる。動けば見つかりそうだから。


「ごめんなさい、フォリミア様。こんなことになるなんて……」


 エリーゼがフォリミアにそう謝罪すると、フォリミアは顔を真っ青にしながらも首を振った。


「気にする必要はありません。これは天災みたいなものです。ドラゴンは予想外ですが……」

「はい……。ドラゴンが出るなんて、聞いてなかったのに……」


 素材の採取はこれが初めてというわけではないし、街の外に出る以上、危険がつきまとうのは承知の上だ。前日のうちに変わったことがないかの情報収集も行ったが、ドラゴンの話は出てこなかった。

 このドラゴンが夜の間に移動して朝に来ているのなら、朝に情報収集をすれば避けられたかもしれない。そうだとすれば、エリーゼの判断ミスだろう。

 そもそもとして。普段出てくる魔獣程度なら、エリーゼの魔道具とフォリミアの魔法があれば十分に対処可能だった。ドラゴンが出てくるなんて予想外にもほどがある。


「ドラゴンは一匹だけのようですね……。まさか、廃都イオのドラゴン?」

「そうだと思います。はぐれのドラゴンなんて、そうそういないはずなので……」


 ドラゴンが人里を襲うことなどそうある話ではなく、その上ドラゴンはある程度の群れを形成する。今現在、確認されているはぐれのドラゴンは両手の指で数えられる程度しかいないはずだ。


 距離を考えると、最寄りの廃都イオのドラゴンだろうとは思う。確信はないが。

 もっとも、ドラゴンの種類など二人には関係がない。どのドラゴンであっても、人類にとっては天敵だ。ドラゴンを討伐できる人間はSランクを与えられた、姉のような規格外ぐらいなのだから。

 幸い、ドラゴンはまだこちらに気付いていない。足音がまだ、近くに聞こえないから。


「フォリミア様。私がドラゴンを引きつけます。フォリミア様は逃げて、助けを呼んできてください」

「は? 何を言っているのですか。馬鹿らしい」


 嘲るように鼻を鳴らし、フォリミアは言った。


「囮をするなら私です」

「え……?」

「あなたの方が家の格は上でしょう。それに、あなたの魔道具は多くの人に評価されています。先のない私の無詠唱魔法よりも残すべき価値のあるものです」

「そんなこと……!」

「あるのですよ」


 フォリミアはそう言って、ゆっくりと立ち上がる。顔は真っ青で膝も笑っているが、それでもフォリミアはその場に立っていた。死ぬのが怖くないわけがないだろうに、それでも囮になるために。


「エリーゼ様」

「は、はい……」

「あなたは必ず生き残ってください」


 そう言って、にこりと笑って。

 フォリミアは岩陰から飛び出した。


「待って……、え?」


 だがすぐにフォリミアは目を大きく見開くと、慌てたように戻ってきた。そしてそのままエリーゼの手を取り、走り始める。姿を隠さず、ただ必死に。


「ふぉ、フォリミア様! 何が……!」


 そう叫んだエリーゼの背後で、大きな爆発が起こった。衝撃に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられて。それでもどうにか顔を上げると、口から煙を吐き出すドラゴンが見えた。

 それを見て、ようやく悟った。ドラゴンは気付いていなかったわけではない。ただ、こちらの様子を見ていただけだと。しかもそれは警戒故のものではなく、怯える二人の様子を面白がっていただけだ。

 だって、今も。ドラゴンはこちらを見て、ただただ観察しているだけだから。今ならブレスですぐに殺せるはずなのに。


「フォリミア様、無事ですか……?」

「ええ……。一応、ですけれど……」


 幸いと言うべきか、フォリミアはエリーゼの隣に倒れていた。だが、その表情は険しい。このまま待っていれば、間違いなく殺される。それが分かってしまうから。


「エリーゼ様、何かいい魔道具はありませんか?」

「結界の魔道具ならありますけど……。多分、耐えられません……」

「そうでしょうね……」


 ドラゴンのブレスは強力だ。上級魔法に匹敵するほどに。魔道具で耐えられるとは思えない。

 ドラゴンがまた口を開く。衝撃に備える二人。その肩を、誰かが叩いた。


「ひっ……!」


 小さく悲鳴を上げて二人が振り返れば、そこにいたのは。


「あなたは……ミトさん?」


 一年前に学園を出て冒険者になった知り合いがそこにいた。

 以前と変わらない姿、けれどどこか、以前よりも自信を感じる雰囲気。


「失礼しますね」


 ミトが地面に素早く魔法陣を描く。それは彼女が以前から好んで使っていた隠蔽の魔法……の、はずなのだが、以前よりも明確に術式が違う。複雑すぎて、エリーゼでも理解できないほどに。

 そうして発動された隠蔽は、あっという間にエリーゼとフォリミアを覆い隠した。


「これは……隠蔽……?」


 確かに、見つかっていない時に使っていれば、ドラゴンでも欺けたかもしれない。けれど今はドラゴンに見つかってしまっている状態だ。それで使っても意味はないはず。

 そう思いながら振り返ると、ドラゴンは戸惑った様子で周囲を見回していた。目の前で使ったというのに、エリーゼたちを認識できていないらしい。

 以前とは比べものにならない効果だ。その術者へと改めて視線を投げれば、


「うわ、すごい……。本当に目の前でも効果があった……」


 そう呟いていた。


「ええ!? ミトさんが驚くんですか!?」

「あなた分かっていて使ったのでは!?」

「ごごごごめんなさい! 私はただリタさんに指示されただけで……!」

「え……」


 その言葉の意味を正しく理解するよりも早く。

 ドラゴンの悲鳴のような咆哮が周囲に響き渡った。


「こ、今度は何ですか!?」


 慌てて振り返った先にいたのは、大きな翼をどうやってか切り落とされたドラゴンと。

 そして、そんなドラゴンを、興味なさげに見つめる小さな魔法使い。

 魔女の弟子。ドラゴンに勝てるかは分からない。そのはずなのに、何故かエリーゼたちはその姿を見て安心してしまっていた。


   ・・・・・

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