ミトさんの試行錯誤


 エリーゼさんとフォリミアさんの二人が帰った後、私はベッドに腰掛けて足をぷらぷらさせながら光球と黒板を見つめていた。話す内容は、さっきのこと。


「言われてみれば当たり前だった。戦うわけでもないんだから、中級魔法以上なんてまずいらないよね」


『それはそう』

『多分貴族にとって魔法は箔づけみたいなもんかな?』

『でもリタちゃん、無詠唱魔法っぽいやつはほっといてよかったの?』


 使うのを止めさせなくてもよかったのか、てことだよね。これについては別にいいと思ってる。止めたかった理由は、中級以上を覚えるのに邪魔になるから、だから。

 中級魔法を無理して覚えるつもりがないなら、あの魔法の使い方でも一応は問題ない。ある意味で応用が利くし。術式の形に縛られないから。

 でも消費魔力は膨大だから、回数が大きく制限されるのが難点だけど……。それも、貴族にはあまり関係なさそうかな。


「でも、なんだか打ち解けてたみたいで安心した」


『あっさりと仲良くなってたのは草でした』

『さっきまでの刺々しい対応はなんだったのかとw』

『悪役令嬢どこ……?』

『そんなもの、現実にはいなかったんや……』


 悪役令嬢って、主人公をいじめる令嬢さんだよね。真美が持ってる漫画で見たよ。もしそういう人だったら、明日からは避けようと思うところだったけど……。大丈夫そう。


『婚約破棄もあったし悪役令嬢もいると思ったのにw』

『婚約破棄なんてあったっけ?』

『リタちゃんは見てないけどミレーユさんが体験してた』


 そういえばエリーゼさんはミレーユさんの婚約破棄のこととか、どう思ってたりするんだろう。ちょっと気になる。

 でも今は、晩ご飯が楽しみ。今回はエリーゼさんは一緒に食べられなくなっちゃったけど。フォリミアさんと今後について相談するから、らしい。


「今後についての相談って何なんだろう」


『知らね』

『貴族はいろいろ面倒そうだ』

『平民な俺たちには理解できない世界だから……』


 明日、教えてくれるかな。他の授業を見に行く時は同行してくれるらしいから。

 さてと。そろそろミトさんの様子を見に行こう。

 立ち上がって、森のお家の前に転移。お家に入るまでもなく、ミトさんはお庭で本を開いてぶつぶつと呟いてた。ミトさんの足下には試作中らしい魔法陣のような落書きが大量にある。


「ここを繋げると……。あ、だめだ、安定しない……。それなら、こう……」


 書いては消して、書いては試してを繰り返してる。でもまだまだ納得はできなさそう。

 ミトさんの後ろに立って、作成途中の魔法陣をのぞき見してみる。んー……。悪くはないけど、これだと魔力の消費量が増える。


「ミトさん」


 肩を叩くと、ミトさんが驚いたように振り返った。


「あ、リタさん! す、すみませんまだ未完成で……!」

「ん。大丈夫。急かすつもりはないから」


 調整は魔法でも奥が深くて、一番難しいところだから。そんな簡単に満足できるものが作れるはずがない。人それぞれの感覚もあるから、正解もないものだし。

 でも、うん。そうだね。


「ミトさん」

「はい!」

「根本的な部分に問題があると思うよ」

「え……?」


 今日はこれだけしか言えないかな。ミトさんなら、すぐに意味が分かるはず。


「晩ご飯だけど、私は学園で食べようと思うんだけど、ミトさんはどうする?」

「あ、えっと……。手持ちの食料があるので大丈夫です」

「ん。それじゃ、がんばってね」


 そう言って、ミトさんに手を振る。ミトさんはぼんやりとしながらも手を振ってくれた。




 学園の寮に戻って、自室の部屋でのんびりする。晩ご飯はお肉がたくさん出るらしいから、ちょっと楽しみ。お昼のことがあるから、期待しすぎもだめかもしれないけど。

 そう思ってのんびりとしていたら、扉がノックされた。開けてみると、そこにいたのは学園長だ。女子寮で何やってるのかなこの人。


「押しかけてすまない。一緒に夕食はどうかと思ってね。コウタの話を聞きたいだろう?」

「行く」


 師匠の話を聞けるなら、どこにでも行く。とても楽しみ。


『即答で草』

『魔法学園でのあいつかあ……。教師をしてるところとか、イメージできねえw』


 それは言い過ぎのような気も……。いや私もイメージできるかと言われたら困るけど。

 ともかく、夕食だ。あ、でも、一応エリーゼさんに言っておいた方が……。


「ちなみにエリーゼには伝えてある」

「ええ……。断ってたらどうするつもりだったの?」

「断るとは思えなかったからね」


 うん。その通りだったから何も言えない。

 学園長に連れられて、寮の食堂へ。学園長を見た食堂の生徒は、みんなが絶句して固まってしまっていた。女子寮に男の人が入ってるから、かな?


『女子寮にいるからもありそうだけど、急に学園長が来たらそれはそれで驚く』

『てっきり外食かと思ったよw』

『普通に食堂に入るのは予想外w』


 私も食堂で食べるとは思わなかった。師匠の話ってこんなところでしてもいいのかな。誰が聞いてるかも分からないのに。防音の魔法を使うのもいいかもしれないけど。

 学園長と一緒にカウンターで料理をもらう。受け渡しの人は学園長を見て一瞬固まったけど、すぐに表情を取り繕って料理を渡してくれた。立ち直りが早くてすごい。


『これがプロってやつか……!』

『急に上司が来るとか想像もしてなかっただろうな』

『しかも女子寮』

『あれ? クソ上司では?』


 学園長と一緒に、隅の席へ。お昼にエリーゼさんと一緒にご飯を食べた席だ。お互いに向かい合って座ると、学園長は小さな声で詠唱をして魔法を使った。

 やっぱり防音の魔法だ。薄い膜が私たちの周囲を覆っていく。これがあれば、膜の外に声は漏れない。せっかくだし私も使っておこうかな。念のために。

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