魔法学園での師匠

 さっと魔法を使うと、学園長は私の防音魔法に感嘆のため息をついた。


「さすがと言うべきか。素晴らしい。私のものとは比べるまでもないね」

「ん。でも、そっちの魔法も悪くない」

「ははは。守護者殿にそう言ってもらえると光栄だ」


 小さく笑って、さて、と学園長がナイフとフォークを手に取った。先にごはんだね。


「いただきます」


 そう言ったのは、私じゃなくて学園長。ちょっと驚いた。


「それ……」

「ああ、コウタがいつもやっていたからな。一緒に食事をする時に彼に合わせていたんだが、気付けば私も必ずやるようになっていた」


 分かりやすくて便利だ、と学園長はどこか遠くを見るような目で呟いた。


『日本の風習が異世界で広がりつつある件』

『言うてまだ学園長だけだから。きっと。多分。めいびー』

『でも他の場所にも行ってそうだし、地味に広めてそう』

『確かにw』


 晩ご飯は、大きめのステーキに白ご飯とサラダ。あと、具材たっぷりのスープ。お昼よりもずっと量が多くて、美味しそう。

 ナイフでお肉を切って、口に入れる。肉汁があふれて……まではいいんだけど……。


「塩……かな? それだけ?」


 もうちょっと何か欲しかったかな……。お肉はとても柔らかくて美味しいけど、それだけにちょっと残念だ。

 でも、うん。慣れれば悪くない。これはこれで美味しい気がする。

 スープにはごろごろとした具材、野菜とか一口サイズのお肉がたくさん入ってたけど、しっかり煮込んだのかすごく柔らかくて、こっちの方が美味しかったかも。悪くなかった。

 日本の料理と比べると物足りないけど、満足はできたかな。


『気付けば全部食べ終わってるw』

『話をしながら食べるもんだと思ってたのにw』


「あ」


 そうだった。食べながら話す、みたいな感じだったよね。学園長を見ると、なんだか微笑ましいものを見るような目だった。その目はやめてほしい。


「コウタが言っていた通りだな」

「な、何が?」

「食べることが好きで美味しそうに食べてくれると」


 師匠は何を言っちゃってるの? さすがにそんなことまで話されてるとは思わなかった。私の知らないところで私のことを好き放題話していたりしない? それはさすがに怒るよ。

 とりあえず深呼吸して落ち着いてから、学園長に言った。


「そんなことより、師匠の話を聞きたい」

「ああ、そうだったな。それじゃあ、あいつがこの街に来た時の話でも……」


 そう前置きしてから、学園長は思い出を語ってくれた。

 師匠がこの街に来たのは、本当に偶然だったらしい。ギルドにいたのを学園長が見つけて、その場で雇ったんだって。その時はすでに師匠は賢者として有名だったみたい。


「その賢者っていうのも私は驚いた。師匠は何をやったの?」

「アイテムボックスという魔法の発明や、効率的な魔力運用の論文など、彼によって魔法はさらなる発展を遂げたと言っても過言ではない」

「へえ……」


『アイテムボックスは確かにそれだけの価値があると思う』

『日本でも使えたらなあ! 物流に革命が起こるのに!』

『今からでも全員を魔法使いに……!』


 絶対に無理だから素直に諦めた方がいいよ。

 でも、師匠はここだけじゃなくて、やっぱりいろんな場所を巡ってたみたい。どんな旅をしてたんだろう。他の場所にも行ってみたいな。


「ああ、そうだ。これを言うと君に怒られるかもしれないが……」

「ん?」

「コウタは、この街の後は森に帰るつもりだったらしい」


 え。

 …………。え?


「つまり、私が引き留めてしまった。少しでいいから、教鞭を執ってほしいと。君の知識を分け与えてほしいと。彼は最終的には引き受けてくれたが、それでもかなり悩んでいたよ」

「ん……」


 そっか。師匠、もうすぐ帰るつもりだったんだ。ほどほどにここで先生をして、それから森に帰ってくるつもりだったんだね。

 それが分かっただけでも、聞けて良かった思う。でも。


「怒ることなんてしないけど……。でも、複雑」


 ここで先生をしなかったら、師匠はちゃんと帰ってきてくれた。そう思ったら、なんだろう、怒りがわいてくるわけじゃないけど、でも笑って流せることもできなくて……。ちょっと、もやもやする。


『本当に、目と鼻の先まで帰ってきてたんだな』

『最後に思い出話を増やそうとか、そんなつもりだったんかね』

『教師なんてしなければよかったのに』


 でも、無理矢理やらせたわけじゃなくて、決めたのは師匠だから……。私が文句を言うのは違うよね。だから……。せめて、もっと師匠の話を聞きたい。


「師匠は何を教えてたの?」

「ああ。臨時教師だったから、特定の講義を持っていたわけじゃない。優秀な者や悩みがある者にそれぞれ声をかけて集めて、アドバイスをしていたみたいだったよ。自由にしていいとは言ったが、本当に自由だったなあ……」


 どこか遠い目の学園長。何をやってるのかな師匠は。


「だが、実際に多くの子が飛躍的に成長したのは事実でね。そういう意味では、優秀な教師だった」


 聞いてるだけで分かる。師匠、わりと楽しんでたんだなって。それなら、良かったかな。

 その後も学園長は師匠のことをたくさん教えてくれた。

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