フォリミアさん


「エリーゼ様。これは、どういうことですか? この子は隠遁の魔女様の弟子なのでしょう? どうしてこんな、二階の狭い部屋に?」

「いやそれは、その……」


 私の部屋に入ったフォリミアさんの第一声がそれだった。別に文句を言いたくて連れてきたわけじゃないからね。気にしなくていいよ。どうせ寝る時はお家に帰るし。


「私の希望。広い部屋は落ち着かないから」

「そうですか。あなたがそう言うなら、私からも何も言いません。それで? ここに連れてきた目的は何でしょうか? 無詠唱魔法を教えろというなら、お断りさせていただきますが」


 魔法の研究成果はその人の財産でもあるから、それは当然だと思う。私も転移魔法について聞かれても絶対に答えないと思うし。私の場合は、無理に使おうとして魔力不足で死なれたら嫌だからだけど。

 でもフォリミアさんの無詠唱魔法について言いたいことがあるのは本当だ。


「フォリミアさん」

「はい」

「賢者さんに無詠唱魔法を見せたことはある? あるのならなんて言われた?」


 フォリミアさんは言葉に詰まると、私と視線を合わせなくなった。視線をさまよわせて、そしてどこか誰もいない方に逸らされて。その態度が全てを語っていた。


「見せたんだね。何か言われたんだね」

「さて。知りませんね」

「ふうん……」


 やっぱり、師匠に見せたことがあるんだ。そして多分、注意されてるはず。あまり頼らないようにしろって。


「無詠唱魔法って、これの応用でしょ?」


 そう言って、人差し指を出して小さな火を灯す。エリーゼさんとフォリミアさんの二人とも、目を丸くした。


「これは、無詠唱魔法じゃないよ。ただ魔力の形を変えただけ」


 魔力のコントロールが得意で、ある程度多めの魔力があれば同じことができる。魔力を直接変換させて、形を作り、固定させて、そして撃つ。それだけの、魔法とも呼べない技術。

 そう説明すると、エリーゼさんは信じられないものを見るような目でフォリミアさんへと視線を投げた。でもこれ、純粋にすごいと思ってるだけかもしれない。


『いやでも何がだめなん?』

『説明を聞く限りでは難しいだけで問題なさそうだけど』

『フォリミアさんがすごく優秀としか思えない』


 それは、うん。間違いないよ。魔力コントロールと魔力量の面だけで考えれば、確かにフォリミアさんはとっても優秀。それは認める。でも、それだけ。


「中級魔法はこのやり方だと絶対に使えない。規模が大きくなるから」


 そう言うと、自覚があったみたいでフォリミアさんは目を伏せた。

 術式というのは、魔力の変換を簡略化する大事なものだ。あらかじめ変換後を指定することで、最小限の魔力で効果を得られる、そういう仕組み。

 術式を頼らないやり方になると、魔力の変換から膨大な魔力を使うことになるし、変換した後の形を固定するためにも魔力で押しとどめる必要がある。ついでに射出にももちろん追加で魔力が必要。初級魔法ですら上級魔法ほどの魔力が必要になる。


 はっきり言って、現実的じゃない。それに中級魔法を覚えるには初級魔法の術式を理解しておいた方が覚えやすいから、二度手間もいいところ。


「賢者さんから、ちゃんと術式を覚えるように言われなかった? そのやり方だと、いつまでも上達はでき……」

「そんなこと、私が一番分かっています! でも私にはもうこれしかないの!」


 それはフォリミアさんの叫び声だった。


「私には魔力コントロールしか才能がありません。中級魔法を覚えることすら難しく、上級魔法は覚えられる気すらしません。私に期待していた皆が失望していく……。その上、私の後輩が私と同じ試験を突破して、私と違って魔道具の方で分かりやすく才能を開花させました。これほど惨めなことがありますか?」


 エリーゼさんが絶句した。フォリミアさんがそんなことを考えてるとは思ってなかったんだと思う。私は正直、よく分からないっていうのが本音。


『なんとなく分かるかなあ。部活の後輩がレギュラー入りして俺はベンチにすら入れなかった時、なんかもう、悔しいなんてものじゃなかったから』

『俺も後輩が上司になった時はへこんだもんだ』

『異世界も競争社会なんやなって』


 競争……。誰かと競うことなんてやったことない。私にはちょっと分からない。


『レースゲームでも探しておくね』

『レースゲームwww』

『それは違う気がするなあw』

『競争は競争だけどw』


 真美、かな? レースゲームっていうのは分からないけど、次の日本を楽しみにしておこう。

 それはともかく。


「エリーゼさんに嫌みを言ってたのは?」

「ただのやっかみです。このことを黙っていてくれるなら、もうしません」

「ん。じゃあ、約束。私は誰にも言わないから、フォリミアさんももうしない」

「分かりました。エリーゼ様、今までのご無礼、謝罪致します」


 そう言ってフォリミアさんが頭を下げると、エリーゼさんがそれはもう面白いほどに慌て始めた。頭を下げられるとは思ってなかったみたいで、手を上げたり下げたりして挙動不審になってる。

 でもエリーゼさんが何か言わないと、フォリミアさんも頭を下げっぱなしだと思う。一応、家の格っていうのも、エリーゼさんの方が高いらしいし。公爵家の方が上だったよね?

 エリーゼさんは少しして動きを止めて、こほんと咳払いをした。


「フォリミア様。私も、無詠唱魔法については何も聞かなかったことに致します。その上で、謝罪を受け入れます。ですからどうか、顔を上げてください」

「ありがとうございます、エリーゼ様」


 これで一安心、かな。私は期待していた無詠唱魔法がちょっと残念だったけど、二人が仲直りできたなら十分と思っておく。

 あとは、どうやって中級魔法を覚えるかだよね。


「魔力量も十分あって、魔力の制御もできる。じゃああと問題があるとしたら、記憶力かなあ……」

「それはその通りですけど言葉を選んでくれませんか!?」


 あー、うん。言い方が悪かったかもしれない。術式を覚えるのって普通の暗記とはまた違うらしいから。でも、やっぱりそれが事実だと思う。

 ちょっと考えていたけど、でもフォリミアさんは小さく噴き出して首を振った。


「私のことは気にしないでください、リタ様。無詠唱魔法さえあれば最低限の卒業はできるでしょうから、それで十分です」

「そうなの?」

「はい。というより、貴族令嬢に中級魔法なんて必要ありませんから」


 そう言ったフォリミアさんの笑顔は、憑き物が落ちたみたいに綺麗だった。

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