金髪ドリルさん
お昼ご飯の後は実技の授業。これはちょっとだけ見て、ミトさんの様子を見に行こう。
そう思ってたんだけどね。
「あら。エリーゼ様。またこちらで昼食を食べておられたのですか?」
食堂から出た私たちに声をかけてきたのは、長い金髪をなんだか不思議な形にしてる女の人だった。年は多分エリーゼさんと同年代ぐらい。十代半ば、かな。
『お嬢様だあああ!』
『すげえ金髪ドリル! 初めて見た!』
『ツンデレお嬢様ですか!? それとも悪役令嬢ですか!?』
視聴者さんはすごく興奮してる。ドリルって、なんのことかな。あの不思議な髪型のことかな。ドリルというのがいまいちよく分からないけど。
金髪ドリルさんに声をかけられたエリーゼさんは、分かりやすいほどに顔をしかめていた。
「フォリミア様……」
エリーゼさんが頬を引きつらせながら笑顔を浮かべてる。苦手な人なんだろうね。
とりあえず私は小声で言った。
「金髪ドリルさんの名前はフォリミアさんだって」
『リタちゃんwww』
『リタちゃんの口から金髪ドリルはちょっと笑うw』
『おい誰だよ変な言葉教えたの』
『俺含むお前らだよ』
面白い言い方だと思ったけど、あまりよくない言葉なのかな。
フォリミアさんはエリーゼさんをじっと見つめて言う。
「あなたはまだこんなところにいるのですね。なんでも、今日は基礎の授業に出席されていたそうで。バルザス家の者でありながら何をなさっているのです。聞いて呆れますよ」
「わ、私が何を受けていてもあなたには関係ないです!」
犬猿の仲なのかな。でも、ごめん。正直なところ、どうでもいいと思ってる。二人の確執なんて私には分からないし、あまり関わろうとも思えないから。もう無視していいかな。でも視聴者さんはちょっと楽しんでるみたいだし……。もうちょっとだけ、見守ろう。
「魔道具なんてくだらないものを研究する時間があるなら、もっと上の魔法を扱えるように学ぶべきではなくて? あなたはバルザス公爵家の次女なのですから」
「私は魔道具の研究のために入学したんです!」
「もったいないと言わざるを得ません。ミレーユ様は魔女にまで上り詰めたのですよ。あなたにも間違いなくその才能があるはずです。私に続いて、特例を勝ち取っているのですから」
『てことは、この子はエリーゼさんの前年に例の難しい試験を突破したってことかな』
『はえー。すごいんだろうけど、なんか素直に尊敬できない言動だなあ』
まあ、そうだね。私もあまりこの人は好きになれない気がする。
「私は別に魔法を極めたいわけじゃないんです……! それに、フォリミア様だって、無詠唱魔法を使えるだけじゃないですか!」
「ええ、そうですね。けれど、無詠唱魔法は世界で私にしか使えない特別な技術。成果として十分ではなくて?」
「待って」
私はそれを聞いて、思わず二人の会話を遮ってしまった。いや、だって、聞き逃せない言葉があったから。私でも使えないものを。
「無詠唱魔法って、なに?」
「あら? 誰ですのあなた」
「隠遁の魔女の弟子のリタ様です」
「まあ……!」
エリーゼさんの簡単な紹介にフォリミアさんが目を丸くする。知らなかったんだね。でもそれはどうでもいい。私は無詠唱魔法というものが見たい。
「無詠唱魔法に興味を持っていただけるなんて……。さすがは魔女のお弟子様ですね」
「ん。すごい。見たい」
「ええ、ええ! もちろんです! 演習場へ向かいましょう!」
フォリミアさんはそう言うと、それはもう嬉しそうな足取りで歩き始めた。嫌みな人だけど、案外分かりやすい人かもしれない。
「あ、あの、リタさん。いいんですか?」
「ん。本当に見てみたい」
無詠唱魔法なんて、師匠ですら使えなかった。本当に使えるのならすごいことだし、できれば教えてほしい。学園に来て良かった。
『面白いことになってきたなあ』
『特定の分野の天才が主人公よりも秀でている、これはなかなか王道では!』
『でも本当に無詠唱魔法ってないの? リタちゃんいつもさらっと魔法使ってない?』
フォリミアさんの後ろを歩いてついて行く。私の後ろは、まだ少し納得してなさそうなエリーゼさん。その二人に聞こえないように、小声で伝える。
「私の魔法は無詠唱じゃない。魔法陣を使ってる。ちゃんと魔法陣を描いてるよ」
見えないようにという工夫はしてるから、知らない人からすれば無詠唱と変わらないかもしれないけど。もちろん、フォリミアさんについてもその可能性はある。そうだったらちょっと残念だね。
あとは、もう一つ似たものがあったりするけど……。以前から使っていたなら師匠にも見せてるはずだし、その場合はさすがに止められてるはず。良い方法とは言えないから。
ああ、でもでも。楽しみ。無詠唱魔法! 本当だったら本当にすごくすごい!
『わくわくしてるなあw』
『エリーゼさんが困惑してるほどにw』
それはちょっと恥ずかしいから、少し落ち着こう。
フォリミアさんと一緒に、お城の外の演習場へ。とても広い演習場で、すでにいくつかのグループが集まって使い始めてる。ただそれでもスペースに余裕はあるみたい。
フォリミアさんは軽く周囲を見回すと、監督役らしい青年の方へと歩いて行った。
「先生、的を一つ使わせていただきます。リタ様が無詠唱魔法を見たいとのことですので」
「ん? ああ、分かった。見ておこう」
あれ? あの先生も一緒に見るみたい。エリーゼさんを見ると、察してくれたのかすぐに教えてくれた。
「フォリミア様の無詠唱魔法はまだ先生方も仕組みが分かっていないんです。フォリミア様も奥の手だからと隠していて……。なので、もしものために必ず教師の誰かが立ち会うことになっています」
教師も分からない。だったら、本当に無詠唱魔法かな。魔法陣を使ってるなら気付きそうだし。
演習場は等間隔で、木でできた人形が並んでる。その的に魔法を放つのがこの演習場らしい。もちろん他の目的の演習場もあるみたいだけど、やっぱり遠方から放つ魔法用の演習場が一番広いんだって。
『魔法と言えばやっぱ遠距離からだからね』
『固定砲台みたいなイメージ』
『というか他の魔法とかあんの?』
近接用の魔法だってあるにはあるけど……。でも言われてみると、基本的には遠方からだね。
的から少し離れた場所で集まったところで、フォリミアさんが言った。
「では、いきます」
ついに無詠唱魔法だね。どんなのかな。どんなのかな。
『リタちゃんがすっごいそわそわしてるw』
『そわそわリタ』
『リタちゃんがここまで興奮するってマジですごいんやな』
フォリミアさんが杖を向ける。するとすぐに彼女の目の前に氷の塊が形成されて、的へと射出された。氷の塊はまっすぐ的へ向かって、木でできた的に穴を空けた。
これが、フォリミアさんの無詠唱魔法。魔法の種類は初級魔法だったけど、なるほどこれはすごい。本当にすごいよ。
そして、とてもがっかりした。落胆した。
無詠唱魔法、ね。まさかとは思ってたけど、そっちなんだ……。
『なんか、リタちゃんの様子が』
『いきなりすん、て落ち着いてちょっと怖いんだけど』
『めちゃくちゃ冷めてるなあ』
期待してただけに、ちょっと。まあ、仕方ないけど。
「これが私の無詠唱魔法です! いかがでしたか?」
フォリミアさんが自慢げに語ってくる。確かに自慢できるものではある、かもしれない。
でも。
「ちょっと来て」
「え? な、なんですか!?」
フォリミアさんの手を取って歩き始める。向かう先は、私の部屋。あそこなら誰にも邪魔されないと思うから。
「ま、待ってください!」
エリーゼさんも慌てたように追ってきた。エリーゼさんは……まあ、いっか。一緒に聞いてもらおう。
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