サブマスターさん

「すみません」


 受付の人に声をかけると、座っていた男性はにっこり笑顔で挨拶してくれた。


「はい。いらっしゃいませ。いかがなさいましたか?」

「おー……」


 すごい。後ろから今も怒鳴り声が聞こえてきてるのに、完全にないものとして扱ってる。すごい。


『これはプロですね間違いない』

『下手すればこれ、日常茶飯事なのでは?』

『こんなんが日常とか嫌すぎるわw』


 そうかな。そうかも。でも楽しそう。


「ん。しばらくこの街に滞在するから、挨拶」


 そう言ってから、ギルドカードを差し出す。Cランクのものを上にして、その下にSランクのカード。これで察してくれるはずだってあっちのギルドマスターさんが教えてくれた。

 受付さんはカードを手に持ち、目を瞬かせて裏返し、そして絶句した。すぐに慌てたように元に戻してカウンターにカードをまた置く。Sランクのカードが見えないように。


「申し訳ありません、リタ様。あちらのサブマスターを呼んでもらえますか?」

「ん……?」


 サブマスター……。えっと、多分二番目で偉い人かな。受付さんが示す人は、


「よしお前らこいつ押さえてろ。殺すから」

「悪かったよ許してくれよおおお! 本気じゃなかったんだよおおお!」

「サブマスター! どうか! どうか落ち着いてください!」

「うるせえ黙れこんな恥知らずな旦那殺すしかないだろ。お前を殺してあたしは生きる」

「そこはせめて一緒に死んでやってくれませんかね!?」

「え、やだよ。なんでこいつと心中しないといけないんだよ」

「あんたらそれでも夫婦か!?」


 えー……。あれに声をかけるの……? 正直、とても嫌なんだけど……。

 嫌だなあと思いながら振り返ると、受付さんは苦笑いしながら言った。


「僕たちだと部下なので、止まってくれないんです」

「そう、なんだ……」


 このギルド、本当に大丈夫?


『すっげえカオスだなあw』

『てか夫婦だったってことに衝撃なんだけど』

『完全に尻に敷かれてて草』


 視聴者さんは楽しそうだね……。他人事だからね……。

 仕方なく女の人に近づく。するとすぐに気付いてくれて、にっこりと笑顔を浮かべてくれた。


「これはこれは。先ほどはこの者が失礼致しました。わたくし、当ギルドのサブマスターを務めるフェンと申します」

「ん。リタです。Cランク」


 フェンさんが一瞬だけ目を見開いて、少々お待ちを、と振り返った。


「お前やっぱあとで殺すわ」

「…………」


 男の人が蒼白になってるけど、大丈夫かなあれ。正直ちょっと心配になってくるよ。

 サブマスターさんはまた私に振り返って、そして受付の方を見て眉をひそめた。受付さんが手招きしていたみたい。少々お待ちください、と受付の方に向かっていった。


「嬢ちゃんごめんなあ……悪気はなかった……わけじゃないけど、ごめんなあ……」

「ん。別にだいじょう……うわあ……」


 泣いてる。すごく泣いてる。うわあ。


『ガチ泣きやないかいw』

『どれだけ嫁さんが怖いんだよw』

『いや確かにめちゃくちゃ怖かったけどw』


 ん。最初からしなければいいのにね。私は気にしないけど、気をつけてほしい。

 その後、近くの冒険者さんが教えてくれたんだけど、サブマスターさんのにんしん? が発覚したんだって。それで嬉しくてお酒を飲んでちょっと暴走しちゃったとか。


「だからこういうのは今回が初めてだから……」

「ん。大丈夫。怒ってないから」


 むしろ反撃で殺しかけていたのは黙っておく。私は何も知りません。


「失礼致します。そろそろよろしいでしょうか」


 話し終えたところでサブマスターさんが声をかけてきた。振り返って見ると、なんだろう、こっちも蒼白になってる。微妙に体が震えてる気がする。怯えられてる、と言ってもいいぐらいに。


「申し訳ありませんでした。この者の処罰はどうかこちらにお任せいただけないでしょうか」

「ん……? いいよ。挨拶に来ただけだから」

「ありがとうございます」


 丁寧に頭を下げるサブマスターさん。ギルドカードのことを聞いたのかな。あまり注目を集めたくないから、やめてほしい。手遅れのような気もするけど。


「魔女様のお弟子様だと伺っています。ギルドマスターが話をしたいそうなので、少々お時間いただけますか?」


 ん……? 魔女の弟子、というのは話してなかったはずだけど……。不思議に思っていると、視界の隅でフランクさんが手をひらひらと振っていた。フランクさんが話したらしい。このままだと時間がかかりそうだから、とかそんな理由かな。

 魔女の弟子というのを聞いた周囲の人がざわめいているけど、もう気にしない方がいい気がしてきた。とりあえずギルドマスターさんに会いに行こう。




 ギルドはどの街、どの国もほとんど同じ構造らしい。これは遠方から来た冒険者さんが困らないようにするためなんだって。ギルドマスターさんの部屋に向かう途中にフェンさんが教えてくれた。

 とてもいい配慮だと思う。私も次からも迷わなくてすみそうだし。


「あの」

「ん?」

「ギルドカードを拝見しました。あなたが隠遁の魔女様なのですね?」

「ん」


 Sランクのカードを見たら誰でも分かるよね。話が早くなるから、次からはもっと早くに見せた方がいいかも。

 ちなみにギルドカードは、誰にも見えなくなってからフェンさんから返してもらった。


「先ほどは本当に失礼致しました。普段はもっと落ち着いている人なのですが……」

「ん。いいよ。子供ができるんだよね。おめでとう、でいいの?」

「はい……。ありがとうございます」


 視聴者さんも教えてくれたから。子供ができたら、すごく嬉しくて舞い上がっちゃうって。私には分からないし、多分この先も理解はできないんだろうけど、でも人の嬉しいに水を差すつもりもない。注意はしておいた方がいいだろうけど。


「こちらです」


 サブマスターさんに案内されたのは、いつもと同じようなドアだ。本当に構造が同じらしい。分かりやすくて便利ではあるけど。

 サブマスターさんがノックをするとすぐに、どうぞという声が聞こえてきた。

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