バナナ


 のんびり記事を探していたら、真美たちが帰ってきた。


「ただいまー」

「ただいまー!」


 とても元気な挨拶。二人が部屋に入ってきたところで、言った。


「ん。おかえり」

「ただいまー。リタちゃん、学校でも話題だったよ」

「ん?」

「長い時間配信してるでしょ? どうにかして見ようとしてる人が多かったかな」

「ふーん……。学校は勉強するところだよ」

「あはは。そうなんだけどね」


 私も人のこと言えないから、と真美は言葉を濁してしまった。何を言いたいのかはなんとなく分かるけど、ここは触れない方がいいかな。


「リタちゃん、晩ご飯は?」

「ん。まだ」

「じゃあ今日は焼きそばにするね。パックに詰めるから、ミトさんにも持って行ってあげて」

「いいの?」

「もちろん」


 真美が笑いながら言って、早速料理を始める。どうしようかなと思ってたから、とても助かる。


『相変わらずええ子やなあ』

『俺も真美ちゃんの焼きそば食ってみたい』

『美少女の手作りご飯食べてみたい』

『それな』


 何言ってるのかなこいつらは。

 鼻歌を歌いながら料理をする真美を眺めていると、ちいちゃんが私の側に来た。とりあえず撫でておく。なでなで。


「えへー」


 ん。かわいい。


「魔法の訓練は順調?」

「あ……。えっと……」

「ん。大丈夫。急がないから、気長にね」

「うん……」


 落ち込まなくても大丈夫。そう簡単に終わるとは思ってないから。正直私は一年以上かかると思ってるよ。


「あ、ちい! 果物渡しておいて!」

「はーい!」

「ん?」


 渡しておいてって、私にかな? ちょっとだけ期待してると、ちいちゃんが袋を渡してきた。小さいビニール袋で、中には黄色くて細長い果物が入ってる。細長いものがたくさんついてる、かな?


「バナナ!」

「バナナ……」


 バナナ、という果物らしい。みかんの仲間じゃないみたいだけど、果物ということは甘いのかな。


『バナナは甘い』

『グレープフルーツと違って裏切らないから安心していいよ!』

『あれは悲しい事件だったねwww』

『悲しい言いながら草生やすな』


 ん。グレープフルーツも、嫌いってほどじゃないんだけどね……。

 試しに一本食べてみることにする。一本ちぎって、コメントに従って皮をむいて……。中はちょっと白っぽいんだね。ぱくりと一口。


「ん……。甘い」


 甘くて、あとみかんとは全然違う食感だ。でも、美味しい。うん。いいと思う。

 ちいちゃんを膝にのせて、バナナをもぐもぐ。とてものんびりした時間。無駄な時間のはずなのに、なんだかとても心地いい。

 ちいちゃんと一緒にテレビを見ていたら、真美が部屋に入ってきた。真美の手にはビニール袋があって、焼きそばの入ったパックが二つ。食欲を刺激するソースの香りがここまで届いてる。


「お待たせ、リタちゃん。どうぞ」

「ん。ありがとう」


 ちいちゃんに下りてもらって立ち上がる。袋を受け取ると、真美は少しだけ寂しそうに微笑んだ。


「しばらくは一緒に晩ご飯食べられないね」

「ん……。とても残念」


 真美のご飯、好きなんだけどね。こればかりは仕方ない。


「あはは。そう言ってもらえると嬉しいなあ。気をつけてね、リタちゃん」

「ん」


 真美とちいちゃんに手を振って、転移した。




 ミトさんは変わらず勉強中だった。昨日と同じように、本を引き抜いて中断させる。


「あ……」


 ん。ちょっと切なそうな声を出すのはやめてほしい。


『えっ……』

『変なこと言うな殺すぞ』

『さーせん』


 聞かなかったことにしておくよ。


「これ、晩ご飯。食べたらちゃんと休んでね」


 焼きそばのパックをミトさんに渡す。ミトさんはありがとうございますと受け取ってくれたけど、やっぱり少し驚いてるみたいだ。多分、入れ物に驚いてる、と思う。


「あの、リタ様、これ……」

「んー……」


 説明した方がいいのかもしれない。でも、さすがに地球のことまで話すのはだめだと思う。ミトさんが私の次の守護者になるのなら、いいのかもしれないけど、今のところ私はまだ守護者をやめるつもりはない。

 だから、うん。ミトさんにはちょっとだけ悪いとは思うけど。


「ミトさん」

「はい?」

「気にしない。いいね?」


 威圧なんてことはしない。ただ、じっと見つめて、小さな声で告げただけ。それでもミトさんは何かを察してくれたのか、真剣な表情で頷いてくれた。


「分かりました。何も聞きません。何も言いません。何も、気にしません」

「ん」


 話が早くて助かるね。早すぎてびっくりするぐらいだけど。これも魔法学園で何か言われてたりするのかな。

 聞いてみると、ミトさんは苦笑いしながら頷いた。


「はい、そうです。特に熟練の魔法使いの方は独自の研究をしている方も大勢います。もしも何かを見てしまっても、それが犯罪に関わることでない限り、何も見なかったことにするように言われています」

「ん。そっか」


 不思議とは思わない。当然だと思う。だって、研究成果を盗まれたらやっぱり嫌だろうから。私は盗まれても困るものはないけどね。そもそもとして使えないだろうから。

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