柑橘系


 ミトさんにはまた本を読むように言って、私は日本に来た。夕方には戻らないといけないから、ちょっとだけだけど。

 今はまだ昼過ぎだから、真美もきっと学校だと思う。というわけで、真美のお家には行かずに東京の大きいタワーの上に転移した。土砂降りだった。


「ん……。雨なら教えてほしかった」


『ごめんて』

『怒らないで』

『いや、いつも真美ちゃんの家に行ってからだからさ……』


 ん。それもそうだね。直接こっちに転移なんてほとんどしないし。

 さっと雨よけの魔法を使う。私の体の周りで雨が弾かれると同時に、雨で濡れた体と服もすぐに乾いた。これでよし。


『便利な魔法やなあ』

『羨ましいけど、雨がリタちゃんの周りだけ弾かれてるのが地味にシュールw』

『それで今日はどこ行くの?』


 んー……。特に目的はない、かな。その辺をぶらりとしてみよう。そう思ってとりあえず地上に転移しようと思ったんだけど、


『リタちゃんリタちゃん! どうせなら是非とも行ってほしいところがある!』


「ん?」


『築地とかどう!? 新鮮なお魚お肉果物たくさん!』


 築地。なんか、聞いたことがある、気がする。テレビでちらっと。お店の人がお店で使うものを買いに行く場所じゃなかったっけ。


「それ、私が行ってもいいの?」


『仕入れの人はだいたい朝のうちに済ませるから、今なら大丈夫!』

『今なら昼も少し過ぎたぐらいだし、少しは混雑もまし……か?』

『ただお昼の二時までが基本で、その後は自由営業になってるから行くなら早めに』


 ん。そっか。それじゃあ、行ってみようかな。とりあえず場所が詳しく分からないから、スマホを取り出して地図を出す。飛んでいけばいいかな。


『築地って確か今は……』

『何も言うな』

『おk』


 ん。何か企んでるのかもしれないけど、悪意は感じないし大丈夫、かな。




 なんとかツリーから空を飛ぶ魔法で移動。築地にはすぐにたどり着いた。入り口みたいな場所にふわっと着地。周囲から視線を感じるけど、いつものことなので気にしないでおく。


「ん。到着」


『はえーよw』

『なんかいつもより混雑してね?』

『まあ、うん……』


 いつもより混雑してるらしい。そのいつもが私には分からないけど。

 とりあえず歩いてみる。たくさんのお店がたくさんのお魚を並べてる。お肉とか果物もあるね。どれも私はあまり食べたことがないから、すごく気になる。


「んー……。でも、どうせなら料理を食べたい……。私がやると、焼くだけだし……」


『マジかよwww』

『マジだぞ。この子、たまに配信で魔獣を狩ったりするけど、だいたい焼くだけだからな』

『一応、森で採れる野草とかを使ったりもするけど、その程度やな』


 だって、あまり困らないから。それでも十分美味しいと思ってたし。私は師匠と違って、そこまで料理しようと思えなかったしね。師匠の料理の作り方はなんとなく覚えてるけど。

 理由は単純、お菓子で満足しちゃったから。お菓子美味しいから。

 日本の料理を食べてからは、すごく好きになったけど。食べることは。


「何を食べたらいい?」


『定番はお寿司だけど、リタちゃんすでに良いお寿司食べてるんだよな……』

『仮にも首相が用意したお寿司だし、間違いなく一級品だったと思う』

『ここのお寿司も当然負けてないと思うけど、どうせなら違うものがいいんじゃない?』


 ん。飽きてるわけじゃないから同じものでも私はいいけど、どうせなら少しでも違うものを食べたいとは思ってる。お魚をよく見かけるけど、お肉とかもあるみたいだし、そういうのでももちろんいいよ。

 視聴者さんが相談してる間も、私はのんびり歩いて行く。なんだか少し、周りに人が増えた気がするけど、気のせいということで。


「あ、君! そこの君!」


 ふと、そう声をかけられた。見てみると、お店の人が手招きしてる。果物がたくさん置かれてるお店だね。みかんみたいな果物がたくさんだ。

 お店の人は、若い男の人。その人が声をかけてくれたみたい。


「リタちゃんだよな? 配信、時間が合えば見てるよ!」

「ん。ありがとう」


 そっか。この人も視聴者さんの一人か。朝とか夜、お休みの日に見てくれてるのかも。


『マジかよ視聴者かよこいつ』

『はあああ!? リアルでリタちゃんに会うとかめっちゃ羨ましいんだけど!』

『ギルティ。みんなで殺れば怖くない』

『やめろwww』


 物騒だね。みんな仲良くしてほしい。たくさんの人が集まってるから難しいのは分かるけど。


「今日仕入れた美味しい果物があるんだ。よければ食べてく?」

「ん。いいの?」

「ああ。いい宣伝になるしね」


 私の側の光球を見ながらにやりと笑う店員さん。この配信でお客さんが増えるとは思えないけど、それでもいいならお言葉に甘えよう。

 店員さんが渡してくれたのは、カットした大きなみかん、みたいなもの。皮は白っぽいね。あと、なんだか香りがすっぱい気がする。


『これってまさかw』

『こいつやりやがったw』


「ん。悪いもの?」


『いや? 毒ではないよ』


 毒ではない、ね。つまり他に何かあるってことかな。気になるような、怖いような。

 警戒していても仕方ないので、とりあえず食べよう。一切れぱくり。


「…………。ん……!?」


 すっぱい! 香りそのままではあるけど、みかんよりも酸味が強い……!


『リタちゃんの顔がw』

『梅干しみたいなきゅっとしたものにw』

『みんなめっちゃ笑ってるw』


 店員さんだけじゃなくて、周囲で見てる人も笑ってるみたい。予想できてたのかな。そういう果物だったってことだよね。

 文句の一つでも言いたくなるけど、でもこれはこれで悪くないかもしれない。酸っぱいだけじゃなくて、ほのかな苦みも感じる。なんだか不思議な味だ。

 美味しい、とは私は言えないけど、でも好きな人は好きかもしれない。


「んー……。私の好みじゃない、けど……。でも残りももらう。いい?」


 店員さんが頷いたのを確認して、残りのみかんみたいな果物をアイテムボックスへ。あとで精霊様とミトさんにもあげよう。

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