師匠の弟子

「ん。ただいま。助けて来たよ」

「さすが、隠遁の魔女ですわ……。ちなみに、魔物が出てこなくなっていますが、何かやりまして?」

「ん。終わらせておいた。もうスタンピードは終わり」


 そう言ってあげると、ミレーユさんだけじゃなくて、周囲の他の冒険者さんたちも目をまん丸にして驚いていた。


「たった一人でスタンピードを終わらせたのか……!?」

「すげえ……、これが隠遁の魔女の力ってことか……!」


『周囲からの賞賛が気持ちいいぜぇ!』

『おいなんか変なやつわいたぞ』

『ええやん、リアル俺tueeeやぞ。めっちゃ楽しい』

『気持ちはわかるwww』


 ん……。もう、好きにしてくれていいよ。

 私が連れてきた五人のうち、他よりも明らかに上等な衣服の青年が、私に対して頭を下げてきた。


「この度は本当にありがとうございました、隠遁の魔女様。是非とも何かお礼をさせていただきたく……」

「ん。いらない」

「は……?」


 信じられないものを見るような目で見られてるんだけど、どうして? 命が助かったんだからそれだけを喜んだらいいと思う。別にお金が欲しいわけでもないし。

 ミレーユさんに助けを求めると、苦笑いと共に教えてくれた。


「何も求めない冒険者なんていませんわよ。ましてや相手は貴族、それなりにふっかけても誰も文句は言いませんわよ」

「ふーん……」


 そういうもの、なのかな。難しい。


「じゃあ……。私が何か困った時に助けて。それでいい」

「わ、わかりました。何かありましたら、アート侯爵家を頼ってください」

「ん……。ん?」


『こうしゃくけ!?』

『おいこれどっちだ! いつものことだけど音じゃわからねえ!』

『どっちでもいいよどっちでも上位貴族だよ!』


 実はすごい人だったらしい。だったらなんで直接来てるのかと聞きたくなるけど、聞かない方がいいかもしれない。

 この話はこれで終わりでいいよね。私はむしろ、あっちで居心地悪そうにしてる四人のパーティに用がある。隠蔽の魔法を使ってた子に、だけど。


「陛下の密命とはいえ、次回からはギルドの制止を聞き入れてくださいませ」

「もちろんです。今回の件で十分に理解しましたから……」


 だから私は何も聞いてない!


『密命』

『国からの密命とかなにそれかっこいい』

『これ、リタちゃんのダンジョンの話から察するに、様子を見に来たのでは……?』

『あっ……(察し)』


 王族の依頼だったらその可能性があるかもしれないけど、私はもう関係ないので聞きません。

 後ろの会話を無視して、パーティの方へ。四人は周囲の冒険者から声をかけられてた。険悪な雰囲気はなくて、生きて戻ってこられたことを喜ばれてるみたい。

 ここの人たちはやっぱりみんな優しい。だから好き。


『やさしいせかい』

『やさいせいかつ』

『ここまでがテンプラ。ここからがテンプレ』

『どういうことだってばよ……』


 私が聞きたいよ。

 私がパーティの方へと歩いて行くと、何故か急に静かになってしまった。誰もが私を見てる。ちょっと怖いんだけど、なんで?


『そりゃSランクの冒険者が来たら気になるでしょ』

『しかもたった一人でスタンピードを終わらせるやべー魔女』

『邪魔したら殺される!』


 そんなことしないけど。しないってば。

 みんなからの視線が気になるけど、私は隠蔽の魔法を使っていた小柄な女の子に声をかけた。


「隠蔽の魔法を使ってたの、あなたで間違いないよね?」

「あ、はい! わたしです!」

「ん。名前は?」

「ミトです!」


 ミトさん。とりあえず今のところ、聞き覚えはない。当たり前ではあるんだけど。


「じゃあ、こっち来て」


 ミトさんの右手を取って歩き始める。ミトさんはびくりと体を震わせたけど、黙ってついてきてくれた。

 他の人に声が届かない場所まで歩いてから立ち止まる。それでもこっちを見てる人はいるみたいだけど、さすがに連れ去ったらパーティの人が心配しそうだからそれは我慢だ。


「ミトさん」

「はい!」

「隠蔽の魔法、使ってみてもらっていい?」

「はい! …………。はい? 隠蔽の魔法ですか?」

「ん」


 ミトさんが自分の右手を見る。私に握られたままだね。集中できないのかな? でも、このままでやってほしい。

 ミトさんからの視線だけの問いに頷くと、ミトさんは不思議そうにしながらも引き受けてくれた。


「それじゃあ、いきます」


 そう言って、ミトさんが左手に持ってる杖で魔法を発動する。隠蔽の魔法。


「んー……」


『この子の魔法に何かあったんか?』

『こっちからだと隠蔽の魔法が分からないからなあ……』

『精霊様の仕事が恨めしく感じることになるなんて……』


 配信の向こう側の人には、一部の隠蔽の魔法が通じないらしいね。真美にかけたものは通じてるみたいだから、精霊様が区別してるのかも。

 まあ、それはどうでもいいことだ。不便に感じたことはないしね。今はそれよりも、この子の魔法だよ。

 この隠蔽の魔法、私の魔法とかなり近い術式をしてる。近いというか、私の隠蔽の魔法の劣化版だと思えば間違いないかもしれない。だから、私が気付いてないだけで、私が知ってる人なんじゃないかと思ったんだけどね。


 ん、いや、でもこれ、ちょっと違う。私の魔法というよりも……。

 師匠の魔法だ。

 師匠が見せてくれた隠蔽の魔法、それに術式が似通ってる。かなり近い、と思う。


「ねえ、ミトさん」

「はい!」

「賢者コウタって知ってる?」


 その名前に、ミトさんはすぐに頷いた。


「はい。わたし、魔法学園に在籍していました。賢者様からも魔法を教わりました」

「ふーん……」


 そっか。師匠から、魔法を教わったんだ。師匠の弟子ってことなのかな。

 ふーん。そっか。そうなんだ。ふーん……。


『おや? リタちゃんの様子が……』

『ほーん。つまり、嫉妬やな?』

『自分以外の弟子がいてもやもやしてると』


 否定できないから言わなくていいよ。

 気持ちをごまかすように咳払いをして、ミトさんに向き直った。


「じゃあ、ミトさんは賢者コウタの弟子?」

「え、いやまさか! 違います!」


 思っていた返答と違うものがきてしまった。てっきり、すぐに認めると思ったんだけど……。

 ミトさんは少しだけ寂しそうに笑いながら、言う。


「わたしも、弟子にしてくださいって頼んだことがありました。でも、断られました。わたしだけじゃなくて、他のみんなも」

「そうなの? どうして?」

「えっとですね……」


 俺は弟子を二人も取るつもりはない。故郷に残してきてる弟子が、俺の最初で最後の弟子だ。あいつ以外の弟子なんて考えたくもねえよ。


「そんなことを言われました。一番大切な愛弟子だって聞いてます」

「そう、なんだ……」


 うん。うん。どうしよう。なんだろう。すごく嬉しい。すごく恥ずかしい。

 愛弟子。愛弟子だって。


「えへへ……」


『かつてないほどにリタちゃんが笑顔になってる……』

『感情が薄い子だって思ってたけど、こんな顔できるんやな』

『見てるこっちも嬉しくなる笑顔』

『かわいい』


 うん。だってすごく嬉しいから。すごくすっごく嬉しいから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る