(※別視点)彼らの後悔


   ・・・・・


 ちくしょう、とパーティのリーダーであるヘイズは内心で悪態をついた。

 簡単な依頼のはずだった。貴族を護衛しつつ、最寄りのダンジョンの最下層を確認する。ただそれだけの依頼だ。それだけのはずだった。

 不安が出始めたのは、魔物が増えてきたという報告が上がってからだ。それはつまり、スタンピードが近いということ。前回よりも発生が早まった気はするが、もともと発生時期には少なからず誤差があるものだ。


 問題は、貴族がそれでも見に行くと言い張ったことだ。本気で耳を疑った。考え直してほしいと伝えても、聞き入れてもらえなかった。

 正直なところ、護衛依頼なんて放り出して逃げようかと思ったほどだ。だがそれをすれば、ヘイズたちの評価は地に落ちる。現在のギルドマスターなら理解してくれるだろうが、依頼放棄の記録までは隠せない。この先、受けられる依頼は少なくなってしまう。


 それを考えて、急げば本格的なスタンピードまでには帰還できるだろうと判断したのだが……。

 間違いなく、失敗だった。逃げておけばよかった。生きてさえいれば、やり直すことなど何度でもできただろうに。


 ヘイズたちは今、最下層の岩だらけの広間の隅で集まっている。この場にいるのは、護衛対象の貴族が一人と、ヘイズたちのパーティ四人だ。仲間の魔法使いの魔法で気配を消して、岩の陰に隠れてはいるが、いつ見つかってもおかしくはない。

 ヘイズは持っていた剣を握り直し、隣の盾を持った男に声をかけた。


「あとどれぐらい戦える?」

「やれと言われればやるけど、正直、少しきついね」


 男の弱り切った声に、ヘイズもそうだろうなと内心で頷いた。男の盾にはいくつものひびが入っている。男の体力が残っていても、盾の方が耐えられないだろう。

 ヘイズたちの後ろにいる魔法使い二人も、すでに魔力が枯渇しかけている。魔法はあと一回か二回か。まともに戦えるとは思えない。

 そう考えているヘイズ自身も、すでに体力の限界だ。いつまで戦えることやら。

 せめてもの救いは、貴族が静かにしてくれていることだ。もっとも、今更ではあるが。


「すまない……私のせいで……。君たちだけでも逃げられないか……?」


 貴族から出されたとは思えないその提案に、ヘイズたちは思わず目を瞠った。


「はは。無理ですね。唯一の出口もすでに魔物に塞がれていますから。まあお気持ちだけ受け取っておきますよ」

「…………。すまない……」

「そう思うなら、最初から強行しないでほしかったですね」

「…………」


 こんな嫌みなど言うべきではないのだろうが、言わずにいられなかった。どうせ生還は絶望的なのだから構わないだろう、と。他の三人も同じことを思っていたのか、忍び笑いを漏らしていた。


「この隠蔽の魔法、いつまで持つ?」

「日没までなら……。もともと得意な魔法ですから。それ以上は、絶対無理です」

「そうか……。悪いな、せっかく加入してもらったのに、こんなことになって」

「仕方ないですよ」


 隠蔽の魔法を使っているのは、青髪の小柄な魔法使いの少女だ。つい先日、Cランクに上がり、Bランクのヘイズたちの勧誘を受けて加入した少女。もともといた魔法使いが攻撃に特化しすぎていたために、サポートに特化した彼女を勧誘して、今回が初依頼だった。


「冒険者の命が軽いことは知っています。いつかこうなるとは思っていました。……こんなに早いとは思いませんでしたけど」

「ああ……。まあ、そうだな……」


 Cランク以上ともなれば、街の外に出ての依頼が多くなる。当然魔獣に襲われることも増えるため、昨日共に酒を飲んだ友人と二度と会えなくなる、なんてことはわりとよくある話だ。

 今回は自分がそうなった。ただそれだけのこと。それだけのことなのだ。

 それでも。ヘイズとしても、この少女だけは、強気なことを言いながら震えている少女だけは帰してやりたいと思ってしまう。この子なら間違いなく、もっと活躍できたはずだから。

 だから。


「なあ、貴族さん」

「なんだ?」

「この子、優先させてもらってもいいですかね? 俺たちよりも将来有望なんですよ。こんなところで失いたくないんですわ」


 ヘイズがそう言うと、少女と貴族が目を見開いた。そして少女が何かを言う前に、貴族が言った。


「もちろんだ。私などの命よりも彼女を優先させてやってくれ。私にできることなら何でもしよう。肉壁ぐらいにはなるだろう」

「はは。ありがとうございます」


 きっとこの貴族も根は善人なのだろう。もっと別の出会い方をしていれば、違った結末になっていたかもしれない。信頼関係を築けていれば、スタンピードが治まるまで依頼を先延ばしにできたかもしれない。

 まあ、もっとも。そんなものは過去の話であり、今更どうしようもないことだ。


「だ、だめです! わたしも、最後まで戦います!」


 少女が怯えたような目で言ってくるが、少女は攻撃魔法をほとんど使えないと聞いている。一緒に戦っても大差はない。それなら、一縷の望みをかけてこの少女を逃がしてみせる。


「お前らもそれでいいか?」

「もちろん」

「当然よ」


 パーティ全員、少女以外ではあるが、許可は取れた。あとは動くだけ。


「なあ、ミト」


 少女に呼びかける。ミトと呼ばれた少女は、いつの間にか涙を流していた。


「俺たちのことは気にしなくていい。お前だけでも生き残って、そうだな……。俺たちの勇姿でもみんなに語ってくれや」


 少しでも、誰かの心に残ってくれるように。ミトは持っていた杖を握りしめて、今度はしっかりと頷いた。


「いい子だ。それじゃ、いくか」


 そうして立ち上がろうとして。

 突然、出口付近の魔物がぐしゃりと潰れた。


「は?」


 全員の呆けた声。一体何が、と思っていると、ゆらりと一人の人間が姿を現した。真っ黒のローブを身にまとうそれが軽く手を振ると、この部屋にいた全ての魔物が例外なく地面へと押しつぶされた。

 意味が分からない光景だ。見たこともない魔法だ。振り返って魔法使い二人へと視線を向ければ、二人そろって勢いよく首を振った。


 その人間は軽く周囲を見回すと、すぐにこちらに気付いた。ミトの隠蔽は、あれには通用しなかったらしい。まっすぐにこちらに歩いてくる。

 そしてそれはヘイズたちの目の前まで来ると、また手をかざした。何をされるのかと思えば、ミトから小さな声。


「隠蔽を……強制解除された……」


 そんなことできるのかよ、とヘイズの頬が引きつる。ちなみに後で聞いた話では、強制解除の方法すら分からないらしい。

 やがてそれは、口を開いた。


「ん。見つけた。無事でなにより。ギルドからの依頼で助けに来た。帰ろう」


 それを聞いた瞬間、ヘイズは緊張が解けたためか、腰が抜けてしまった。


   ・・・・・

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