お好み焼き

『待ってるだけやで』

『もうちょっとしたら運ばれてくる、はず』

『自分で焼くのさ』

『え? 焼いてくれないの?』

『自分で焼くのがいいんだろ』


 んー……。なんか意見が分かれてる。ジロウさんとケイコさんに視線を向ければ、二人とも興味深そうにコメントの黒い板を眺めていた。


「ここはどうなの?」

「どっちでも大丈夫だよ。おばちゃんが聞いてくれるから。でもここは自分で焼く人の方が多いかな」

「お好み焼きは自分で焼いてなんぼやからな」

「んー……」


 そういうものなのかな。いまいち分からない。

 そんな会話をしていたら、おばちゃんがボウルを持って戻ってきた。ボウルの中にはなんだかどろどろしたものが入ってる。えっと……。


「まずそう……」


 小声でそう言うと、ジロウさんがにやりと笑った。


「まあ騙されたと思って食べてみ」


 ジロウさんとケイコさんがボウルの中のどろっとしたものを鉄板の上へ流していく。じゅうじゅうと焼ける音はちょっと楽しい。二人はヘラっていうのかな、ひらべったいもので器用に形を整えていた。丸くすればいいのかな?


「リタちゃんのやつはうちがやってあげるな」


 おばちゃんが手際よく同じように焼き始めてくれる。あ、ちょっといい匂いがする。


『この焼ける音がいいよね』

『この音を聞きながら雑談して、ほどよいところでひっくり返す』


 ひっくり返すんだ。ちょっと難しそう。

 さらに少しして、三枚ともひっくり返された。


「わあ……」


 茶色っぽい、綺麗な焼き色だ。いつの間にか香ばしい匂いが店内に充満してる。ボウルに入っていたものと全然違う。これはすごく美味しそうだ。


「もう食べられるの?」

「あはは。気が早いよリタちゃん。もうちょっと待ってね」


 むう……。食べられそうなのに。でも、何度も食べてる人が言うんだから間違いないよね。ちゃんと待つ。しっかり待つ。じっと待つ。


『お好み焼きをじっと見つめるリタちゃん』

『尻尾を振る犬を幻視した』

『わかる』

『わんこリタちゃん』


 待って、待って、そしてようやくジロウさんが言った。


「そろそろええやろ」


 ジロウさんが手に持ったのは、黒い液体が入ったボトルだ。ソース、だよね。たこ焼きと同じものかは分からないけど。それを鉄板の上のお好み焼きに豪快にかけはじめた。

 お好み焼きからはずれたソースが鉄板の上で焼けていく。その瞬間、独特な香りが鼻をくすぐった。あまり嗅いだことのない香りだけど、すごく美味しそう。


『あああああ!』

『この音いいよね! この匂いもいいよね!』

『音しかわからんけどな! でも思い出せる!』

『すごくお腹が減ってきた……!』


 私のお好み焼きにもソースがたっぷりとかけられて、青のりと鰹節もかけてもらった。おばちゃんがヘラで器用に切り取って、小さいお皿に入れてくれる。

 ん。すごく、美味しそう。


「リタちゃん、お箸は使えるんかな?」

「ん。大丈夫」

「そか。ほなごゆっくり」


 朗らかに笑って、おばちゃんはまた戻っていった。


「それじゃ、早速……」


 お箸を使って、お好み焼きをもう少し小さく切って、口に入れる。これもすごく熱いけど、でも美味しい。ソースのほんのりとした甘みがある。


「どうかなリタちゃん」

「ん。すごく美味しい」


 これもお勧めされた理由がよく分かった。食べてよかった。


「ん……。おもちも、不思議な感じ。ここだけ食感が違って、ちょっと楽しい」


 うん。うん。すごく満足だ。




 そうして気付けば日は暮れて、店内の少ないテーブル席は全部埋まってしまった。相変わらずみんな私を見て驚くけど、軽く手を振れば満足してくれて、お好み焼きを焼き始めた。お酒を飲む人も増え始めて、すごく騒がしくなってきたね。でも、楽しい雰囲気だ。


『でもリタちゃん、そろそろ離れた方がいいと思う』

『酔っ払いはやっかいなやつもいるからね』

『もういい時間だし』


 ん。それもそうだね。そろそろ帰ろう。


「ジロウさん。ケイコさん。そろそろ帰るね」

「そか。付き合わせてごめんな。楽しかったで」

「気をつけて帰ってね、リタちゃん。すごく楽しかったよ!」


 そう言って二人とも笑ってくれた。やっぱりいい人たちだ。


「あ、そういえば、お金、渡してない。えっと……」

「ああ、ええよええよ。いい思い出になったから」

「そうそう。あたしたちのおごりってことで!」

「ん……。そう? いいの?」

「もちろん!」


 んー……。それじゃあ、いっか。無理矢理渡されても気分は良くないらしいし。


『気前いいなあ、この人たち』

『大阪の人はドケチって聞いたのに』

『それは人によるだろw』


「じゃあ……。ごちそうさまでした」

「はーい。気をつけてね!」


 二人の笑顔に見送られて、私はその場から転移した。




「精霊様、おみやげ。ちょっと少ないけど」


 帰った後、精霊様を呼んでお好み焼きを渡しておいた。紙のお皿に一切れだけ残しておいたものだ。本当はもうちょっと残しておこうと思ってたんだけど、お話ししながら食べてたら忘れかけてしまった。ちょっと反省してる。


「ああ、ありがとうございます、リタ。これはなんですか?」

「ん。お好み焼きだって。一切れしかないけど……。ごめん」

「ふふ。いえいえ。リタが楽しんでいるなら十分ですよ。……ああ、これは美味しいですね」

「ん。また食べたい」

「ふふ。ええ、そうですね」


 精霊様も喜んでくれたし、一安心。次も楽しみだ。

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