たこ焼き

 歩いている間に簡単な自己紹介をしてもらった。女性はケイコ、男性はジロウという名前らしい。二人とも仕事が終わって、これからどこかにご飯に行こうかと思ってたんだって。


「邪魔してよかったの?」

「いいよいいよ! むしろリタちゃんと出かけられるとか、間違いなく最初で最後だろうし!」

「こっちの方が自慢できるやろうしなあ。あ、あとで写真ええかな」

「ん。いいよ」

「よっしゃ」


 写真で喜んでくれるなら、それぐらいはね。

 そうして歩くこと十分ほど。二人に案内してもらったのは、小さなビルの一階にあるお店だった。一階は全てお店が使っているらしくて、買ったら中で食べることもできるようになってるらしい。


「おっちゃん来たで」

「こんばんはー!」

「おお、君らか。いらっしゃい」


 料理をしてるのは、ちょっと強面のおじさんだ。強面だけど、笑顔で二人に挨拶してる。私の世界のギルドにいたおじさんを思い出しそうな、気さくな人だ。


「お? 今日はもう一人いるのか。君らの子供か?」

「んなわけないやろ」

「あれ? ていうかおじさん、この子知らないの?」

「知らんぞ?」


『マジかよ』

『まあみんながみんなテレビ見てるわけじゃないし、こういう人もいるだろうね』


「じゃあおっちゃん、八個入りを三パック、ソースで」

「あいよ」


 おじさんが手に持つ串を動かすと、不思議な形をした鉄板で熱されていた何かがくるっとひっくり返った。なんだか丸いこれがたこ焼きっていうものらしい。

 ささっと何度かひっくり返して、白い器に器用に並べていく。八個入れたところで、真っ黒で良い香りのソースをたっぷりとかけた。マヨネーズに、あと何かいろいろ振りかけてる。


『あおさ、鰹節だね。好みがあるからかけない人もいるけど』

『シンプルに何もなしも悪くないと思う』

『何もなしは生地次第かな』


 んー……。とりあえず、一般的なたこ焼きと思っていいのかな。

 はい、と渡されたたこ焼きを受け取る。湯気が立っていてすごく熱そうだけど、ソースの香りが食欲をそそる。食べなくても分かる。これは絶対美味しい。


「リタちゃん、熱いから気ぃつけて食べな」


 ジロウさんに注意されて、頷いておく。一個食べてみる。まあこれぐらいなら大丈夫そう。そう思ってかじると、予想以上に中が熱かった。


「はふ……、んん……」

「だから言ったのに」


 ケイコさんが笑って、ジロウさんとおじさんも楽しそうに笑ってきた。少しだけ恥ずかしいけど、でも美味しい。うん。シンプルだけど、すごくいいと思う。

 外はカリカリと香ばしくて、かむととろっとしたものがあふれ出てくる。ソースの味もとても濃厚だ。食感も楽しくて味もいい。みんなが勧めてくるのも分かるね。


『やばいたこ焼き食いたくなってきた』

『冷凍のたこ焼きもいいけど、焼きたてのたこ焼きは格別だよね。食いたい』

『食いに行こうかな……』


 ん。それがいいよ。美味しいよ。

 八個はあっという間に食べ終わってしまった。美味しかったから私としては満足だ。


「いい食いっぷりだな、嬢ちゃん。見ていて気持ちよかったよ」

「ん。すごく美味しかった」

「ははは! 最高の褒め言葉だ!」


 ところで、とおじさんは言葉を句切って、周囲を見回した。どうしたのかなと私も周囲を確認する。なんだかすごく人が増えてる。こちらの様子をうかがってるというか、なんというか。

 ケイコさんとジロウさんもそれに気付いて、二人そろって焦り始めた。


「やっば、ゆっくりしすぎた」

「おっちゃんごめん、多分かなり忙しくなるけどがんばってな!」

「え。いや待てどういう……」

「ほなリタちゃん、次行こか!」

「こっち!」


 ジロウさんが急いでたこ焼きを食べてから歩き始めて、ケイコさんに手を引かれてそれに続く。少し強引だと思うけど、この人たちなら一緒に行っても大丈夫かな。

 ちらと後ろを振り返ると、たくさんの人がたこ焼きを買おうとしていた。あれは、いいのかな……?




「リタちゃんごめんなあ。もういっこ、行ってええかな?」

「ん。大丈夫」

「ありがとう!」


 そうして連れて行かれたのは、小さなお店。電車が走る高架の下にあるお店だ。もともとはここで食べる予定だったんだとか。


「ここのお好み焼きがめっちゃうまいねん」

「きっとリタちゃんも気に入るから!」

「ん」


 さっきのたこ焼きも美味しかったし、信頼してもいいかも。

 二人に続いて中に入ると、テーブルが三つあるだけのお店だった。テーブルの中央には鉄板が備え付けられてる。ケイコさんが言うには、あれでお好み焼きを焼くんだとか。

 んー……。たこ焼きの時と違って、平べったい鉄板だね。お好み焼きってどんな料理なんだろう。少し気になる。早く食べてみたい。


「おばちゃーん! 俺豚玉!」

「あたしモダン焼きで!」

「あいよー」


 お店の奥からそんな声。出てきたのは、初老のおばちゃんだ。おばちゃんは二人を見て嬉しそうに微笑んで、次に私を見て目を瞠った。


「あれまあ。あんた有名な子やろ。今もテレビでやっとったで」

「ん。リタです。よろしく」

「よろしくなあ。リタちゃんは何がいいんかな?」

「ん……。分からない」

「そりゃそうかあ」


 おばちゃんが屈託なく笑う。優しそうなおばちゃんだ。おばちゃんは少し考えて、


「それじゃ、シンプルに豚玉にしとこうかね。ああ、そや。お餅も入れてあげるな。おいしいで」


 ちょっと待っといてな、とまた店の奥に行ってしまった。

 えっと……。これ、どうすればいいのかな。とりあえず待っておけばいいの?


「リタちゃんこっちこっち」

「ほらここ座って」


 ケイコさんに促されて、椅子に座る。ジロウさんとケイコさんは私の対面側に座った。

 あとは、待つだけなのかな? 待ってるだけでいいの?

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