二回目の安価


 真美の家から転移して、私がいるのはなんとかツリーの屋上だ。人がいないのでとても便利。

 それじゃあ、配信開始。


「ん」


『ん』

『ちゃんと挨拶して?』

『こんにちはって!』


「今からどこに行くのかを安価で決めるよ」


『完全無視w』

『安価!? 安価マジで!?』

『久しぶりの安価だー!』

『しかも今なら人が少ない! チャンスだ!』

『人が少ない(万単位)』

『少ないとは』


 たくさんだね。最近はいつ始めてもすぐに一万人こえるから、驚かなくなってきた。特に何もしない配信なんだけどね。それはともかく、行き先だ。


「最初に条件。日本国内。他の国に行くつもりはない」


『ですよねー』

『ニューヨークと言いたかった俺涙目』

『海外ニキは諦めてどうぞ』


 何度も言うけど、言葉が通じないなら絶対に行かないよ。不便しかないだろうし。ただ逆に言うと、言葉が通じればどこでもいいっていうことだよ。


「それじゃあ……。私が手を叩いて十番目のコメントで」


『だから近すぎだよ!』

『絶対に一瞬じゃねえかw』

『さっさと終わらせる気まんまんやなw』


 お昼ご飯、まだだからね。早く済ませて食べに行きたいと思ってる。それにこっちの方が私が分かりやすいし。

 それじゃあ、手を上げて……。


『露骨にコメが減るのほんと草』

『ここからは反射神経の勝負……!』

『よっしゃいつでもこい!』


 もう少しだけ待って、コメントがかなり減ったのを確認してから、手を叩いた。


『北海道!』『山梨!』『富士山』『琵琶湖一択』『たこ焼き』『ちゃんぽんとか美味しい』『奈良の大仏!』『香川』『原宿とか!』


『大阪やろ!』


『青森』『長崎、カステラうまい!』『宇都宮』『どこかの離島とか』『鳥取砂丘!』


 んー……。他にもたくさんあるけど、とりあえずは決定だ。今回は大阪だって。確か、大阪も大きい街だったっけ?


「大阪。大阪のどこに行けばいい?」


『大阪かあ……。狙ってたのになあ……』

『切り替えていこうぜ。大阪ならやっぱたこ焼きだろ』

『あとはお好み焼きとか串カツとか?』

『見事に食べ物しか候補に出さないの草なんだ』

『いやだってリタちゃん相手だし』


 たこ焼き。師匠も作ってみたいって言ってた覚えがある。ただその時は、たこの代わりになるものが見つからなくて諦めてたはず。


「師匠が、ゲテモノの魔獣はいるのになんでたこは見つからないんだって嘆いてた」


『師匠さんwww』

『チャレンジしようとはしたのかw』

『見つからなくてもしゃーない』


 たこ。どんなのなんだろう。ちょっと気になる。

 それはともかく、大阪だ。まずは正確な場所を調べよう。アイテムボックスからスマホを取り出して、と。


「ててーん」


『ててーん』

『ててーん、気に入ったの?w』

『ついにリタちゃんにも文明の利器が……!』


 大げさすぎない?

 使い方は、真美から少しずつ教わった。真美曰く、まだ基本的な部分だけ、らしいけど。でも地図機能ぐらいは使える。

 起動して、地図を開いて、お、お、さ、か……。


『なんだろう。すごく微笑ましい』

『一文字ずつ丁寧に入力するの、ちょっとかわいい』

『俺も最初はあんなんだったなあ……』


 ん。よし、開いた。んー……。結構距離があるみたいだけど、だいたいは分かる。でも一応念のために、ある程度上の方、ビルの上空あたりを目指して転移しよう。

 杖で床を軽く叩いて、転移の魔法を使う。ちなみに床を叩く動作は必要なかったりもする。

 一瞬の浮遊感の後、私は空の上にいた。


「んー……。合ってるのかな……? 分かる人、いる?」


 光球を地上へと向ける。私からすると東京も大阪も大差ないように感じてしまう。どっちも高いビルがたくさんの街だ。こんなにたくさんビルを作れるってすごいよね。


『ヒェッ』

『さっきよりも低いけど足場がないからこっちの方がこわい』

『なんかもう不安になるから早くどこかに下りよう』


 そんなに心配しなくても落ちたりはしないんだけどね。もし仮に何かあって落ちても、このローブを着ている限り大丈夫だし。

 でも高いところが苦手な人も多いみたいだし、移動しよう。どこに行こうかな。


『いきなり地上は避けた方がいいかも』

『人通り多いからな。みんなが一斉に立ち止まったら、誰かが怪我したりするかもしれない』

『右斜め前ぐらいにビルあるやろ? あそこ商業施設だからそこがいい』


「ん」


 頷いて、言われた方向を見る。屋上がちょっとした庭園になってるビルだ。人の姿もあるけど、すごく多いってほどでもないし大丈夫かな。

 そちらに向かってゆっくり飛ぶ。落ちるように移動して誰かにぶつかったら怪我させちゃうから。

 屋上の庭園に近づくにつれて、何人かが私に気付き始めた。


「うそ、あれってもしかして……」

「なんや人が飛んどる! なんかやってんのか?」

「すっげ、マジで飛んでる!」


 んー……。ちょっと恥ずかしいかもしれない。


『なんだろうこの優越感』

『その場にいるわけでもないのにちょっと、こう、くせになりますね……』

『空に花火打ち上げて注目集めようぜ!』


「いやしないよ」


『ですよねー』


 それこそ危険だと思うから。

 ゆっくり下りていくと、みんなが場所を空けてくれた。広くなったスペースに着地して、周囲を見回す。みんなが私を見てる。あとスマホを向けられて何かされてる。

 スマホって確か写真が撮れるんだっけ。んー……。


「ん」


 軽く手を振ってあげると、スマホを向けていた人が騒ぎ始めた。小声だからよく分からないけど、喜んでくれてるみたいだから別にいいかな。


『リタちゃんに手を振ってもらうとか羨ましいんだけど』

『俺も手を振ってほしい』

『カメラに向かって振ってほし……、いやむなしくなるだけだわ……』


 視聴者さんたちは私に何を求めてるのかな。

 とりあえず、そろそろ移動しよう。ここにいても騒がれるだけだろうし。


「案内よろしく」


『おっしゃまかせろ!』

『この役目は俺たちにしかできねえ!』

『リアル側にいる奴らじゃできない役目だからな!』

『これぞ優越感の極み!』

『まあ結局リアルでは見れないわけですが』

『やめろください』


 今日はいつもよりみんな楽しそうだ。私もなんだかちょっとだけ楽しい。

 コメントに表示される案内に従って、私は庭園を後にした。

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