首相さん


 車に乗って連れてこられたのは、大きなビル。すごくいいホテルなんだとか。エレベーターに乗って、案内されたのは最上階。とても広い部屋に通されてしまった。


「ここでお待ちいただけますか?」

「ん。どれぐらい?」

「おそらく、日が沈むまでには間に合うかと……」

「んー……」


 待つことに問題はない。泊まったとしても、心配する人がいるわけでもないし。精霊様も心配はしないはず。だからまあ、いいかな。


「この部屋でなら配信してもいい?」

「部屋から出ないのでしたら大丈夫です」

「ん」


 許可ももらえたので配信再開。

 視聴者さんは部屋の様子にすごく驚いてるみたいだ。私も驚いてる。

 広々とした部屋に、落ち着いた家具が並べられてる。部屋の中央には大きなテーブルと椅子があって、テーブルにはたくさんのお菓子が用意されていた。


「これ、食べていいの?」

「もちろんです」


 許可ももらえたので早速食べよう。おお、なんかすごく高そうなチョコレートがある。これが有名メーカーのチョコレート、ていうものなのかな。よく分からないけど。


『メーカーをリタちゃんに言っても分からないだろうから省略して、金額の目安だけ』


「ん?」


『それ一粒で喫茶店のカツカレーが食べられる』

『ヒェッ……』

『マジで高いチョコだ……』


 カツカレー。伝説の料理と同じ値段。それだけですごくいいものだっていうのが分かる。でもここにはたくさんあるけど……。本当に食べていいのかな。

 入り口横で待機してる案内してくれた人へと振り向けば、笑顔で頷いてくれた。食べていいらしい。

 それじゃあ、早速……。もぐ。


「んー……」


『どう? どうどう?』

『俺たちも食べる機会なんてそうそうないから、すごく気になる』

『感想はよ!』


「えー……。ごめん。よく分からない。美味しい気もするけど……。んー……?」


 もちろん不味いわけじゃない。濃厚な甘さの中にちょっとだけ苦みもあって、その調和がとてもいいバランスになってると思う。とても美味しいよ。美味しい、けど……。


「みんなからもらったチョコの方が好き」


 魔法談義しながら、送ってもらった板チョコをかじって笑い合う、その時のチョコの方が美味しいよ。間違いなく。


『泣いた』

『そう思ってくれるだけでめっちゃ嬉しいんだけど』

『一人で静かに食べるより、みんなで楽しく食べる料理の方が美味しいのは当たり前だな』


 そんなものかな。そんなもの、だろうね。楽しい方がやっぱりいいよ。


「でもいっぱい食べる」


『草』

『リタちゃんwww』

『高級なお菓子なんてそうそう食べられないし、たくさんお食べ』


 遠慮無く食べちゃう。おかしおいしい。




 みんなからお菓子の説明を受けながらもぐもぐ食べていたら、誰かが部屋に入ってきた。案内してくれた人たちが迎え入れてるから、この人と話せばいいのかな。

 振り返って見てみると、紺色の服の人だった。初老の男で、私のことを興味深そうに見つめてる。私は見覚えがないけど、視聴者さんは知ってるみたいでコメントの量が一気に増えた。


『いきなり首相?』

『本当にリタちゃん、かなり重要視されてんだな』

『リタちゃん、その人がこの国のトップだよ』


「トップ。王様?」

「いや、王様とは違うよ」


 そう答えてくれたのは、首相さん。彼はにっこり笑って、私に手を差し出してきた。


「初めまして。内閣総理大臣の橋本司(はしもとつかさ)です。ようこそ、日本へ」

「ん。リタです。魔女、です。よろしく」


 手を握ってしっかりと握手。日本ではあまり握手の文化がないって聞いたけど、この人はやるんだね。嫌だってわけじゃないけど。


「遅くなってしまい、申し訳ない。夕食はいかがかな?」

「ん……? 今何時?」


『夜の六時』

『良い子は寝る時間です』

『はえーよwww』


 六時。もうそんな時間なんだね。少し帰りたい気持ちもあるけど、でも夕食も気になる。きっと豪華なご飯だ。とても食べたい。


「食べたい」

「ああ。すぐに用意させよう」


 橋本さんが側の人へと目配せすると、すぐにその人が出て行った。取りに行ったってことかな。


「夕食の準備までに……。リタさんに確認しておきたいことがあるんだ」

「ん?」

「君は本当に、他の星から来ているのかな?」


 事実確認、かな。私自身は間違いないと思ってる、というより違ったら転移の魔法がまともに発動しないから間違いないはずなんだけど、かといってそれをこの世界の人に言っても無駄だというのは分かってる。

 でも、この世界の科学技術とやらで証明することもまた難しい、はず。アンドロメダ銀河を観測することはできても、その細部までは分からないみたいだし。

 んー……。どうしたらいいんだろう?


「何が証拠になる?」

「ふむ。そうだね……。それじゃあ、シャボン玉の魔法を見せてくれるかな?」


 なんでそれ、と思ったけど、いい選択なのかも。

 私がこの部屋に来て、ずっと誰かが側にいた。だから部屋に何かを仕込むことはできない。小さい炎を出すとかだと私が服の中に何かを仕込んでるかもしれないけど、部屋中にシャボン玉を出す魔法ならそれも難しい。

 魔法の確認なら、確かに一番無難なのかもしれないね。


 私は杖を手に持つと、術式を展開した。この程度の魔法なら別に杖なんてなくてもいいんだけど、まあ気分の問題ってやつだ。魔女らしく、なんてね。

 すぐに部屋中が色とりどりのシャボン玉で埋め尽くされる。橋本さんも案内してくれた人たちも、目を瞠って驚いていた。

 橋本さんが手を伸ばしてシャボン玉に触れる。今回は特にシャボン玉を保護するようなことはしてないから、あっさりと割れてしまった。


「これは……。なるほど、本当にシャボン玉なのか……」

「むしろ他の何かに見えるの?」


 正真正銘のシャボン玉だよ。ちいちゃんお墨付きだよ。気に入ってくれてるみたいで、たまに頼まれて使ってあげてるから。

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