エレベーターと車

 ビルの屋上をもう一度見ると、さすがに私に気付いてるみたいでこちらをじっと見ていた。目が合ったかと思うと、頭を下げてくる。なんだかちょっと恥ずかしいのでやめてほしい。

 彼らの前に降り立つと、三人はまた頭を深く下げてきた。


「ようこそいらっしゃいました、精霊の森の守護者、リタ様」

「うわ……。なんでそれ知ってるの? え? そんなに前から私の配信見てたの?」

「もちろんです」

「ええ……。暇人なの……?」


 あ、言葉に詰まった。さすがに失礼だったかもしれない。ごめんなさい。


『リタちゃんもしかして機嫌悪い?』

『いや多分純粋にそう思ってそう聞いただけだと思う』

『知ってるか? 言葉のナイフって悪意がない方が鋭いんだ』

『見れば分かるwww』


 こほん、と男の人が咳払いして、続ける。


「リタ様、軽食をご用意しております。いかがでしょうか?」

「軽食? おやつ?」

「はい。おやつです」

「もらう」


 おやつはすごく欲しい。是非とも欲しい。私が頷くと、男の人たちはなんだか優しそうな笑顔を浮かべた。何なのかな。

 男の人と一緒に建物の中に入る。この部屋は特に何もないみたいで、不思議な扉と階段があるだけだった。扉は、何のやつかな。持つところがない。


「変な扉。なにこれ?」

「エレベーターです」

「えれべーたー……。エレベーター!」


 エレベーターって、箱みたいな乗り物だよね。入って何かボタンを押したら、勝手に別の階に行ってくれるってやつ。すごい、一度乗ってみたかった。


「エレベーター、初めて」

「え」

『え』

『え』


『あー! あー! ほんとだ! リタちゃん、エレベーターに乗ってない!』

『言われてみれば確かに! 車とか電車とかもまだ乗ってないやん!』

『しゃーない。リタちゃんの興味がほぼほぼ食べ物にいってるから』


 便利な乗り物に興味はあるけど、やっぱり美味しい食べ物の方が重要だと私は思ってるよ。

 まあ、それはともかく。男の人たちに先導されて、エレベーターの中へ。エレベーターは思ったよりも広くて、なんだか柔らかな絨毯みたいなのが敷かれていた。

 男の人がボタンを押すと、エレベーターが下りていく。最初はゆっくり、だんだん早く。エレベーターの扉以外は透明な壁になっていて、建物の外の景色を眺めることができた。


 空からの景色ほど良くはないけど、こういうのも悪くはない。それに、ここからの方が人の動きはよく見える。他の建物では人が行き交っていたり、机で何か仕事をしていたりと様々だ。

 こうして見ると、やっぱりたくさんの人がいるね。本当に、たくさんいる。

 すぐにエレベーターは一階に到着して、扉が開いた。


「こちらです」


 先導されるままについていく。周囲にはたくさんの人がいたけど、誰もが周囲を警戒してるみたいだ。案内してくれる人って、偉い人だったりするのかな。


『違うぞ』

『多分リタちゃんの警護だぞ』

『わりと時の人になってるからなあ……』


「ふーん……」


 それはつまり、迷惑をかけてしまってるだけのような気もする。でも、私が何を言っても多分変えないんだろうなっていうのは、なんとなく分かる。

 だから、このままおとなしくついていこう。

 そうして案内された先にあったのは、黒い車。そういえば車に乗るのも初めてだ。少し楽しみ。


「これ? これに乗るの?」

「はい。そうです」

「車だよね。車って、乗ったら自動で動くんだよね。どんな感じなのかな。楽しみ。すごく楽しみ」


『わくわくリタちゃん』

『リタちゃんの自動車の認識が微妙にずれてないか?』

『自動といっても、運転する人は必要だよ』


 でも一人いればあとは勝手に動くってことだよね。すごい。

 あと車の周囲にも、小さな乗り物に乗った人がたくさんいる。これも、聞いたことがある。ばいく、だっけ。そうバイクだ。

 あれも楽しそう。乗ってみたいけど、特殊な訓練が必要なんだっけ。残念だ。

 楽しみな気持ちのまま車に乗る。後ろの席だ。私の両隣に案内してくれた人が二人座って、もう一人は前の右の席だった。丸い変なのが取り付けられてる。

 その丸い変なのを握ると、車はゆっくりと走り始めた。


「おお……」


 両隣に人が座ってるせいでちょっと見にくいけど、それでも窓から外の景色が見える。自分で飛ぶよりは遅いけど、それでもこんなに人が乗ってると考えるとすごく速い。

 あと、あまり揺れない。のんびりして、寝ることすらできそう。これは自分で飛んだらできないことだ。すごい。


「車すごい……」


『魔女から見ても車ってすごいんやな』

『なんだろう、ちょっとだけ誇らしい気持ちになる』

『俺らが作ったわけじゃないけどなw』

『そうだけどw』


 いやいや。地球の人はもっと誇ってもいいと思うよ。これは本当にすごいから。


「よろしいでしょうか、リタ様」

「ん?」

「防犯のためにも、一度配信をお切りいただけますか?」

「ん」


 襲われないように、とかそんな理由かな。それなら仕方ない。


「じゃあ、一度切ります。また後で」


『はーい』

『がんばれリタちゃん!』


 配信を切ると、光球と黒い板は消滅した。


「ありがとうございます」

「ん」


 話し相手もいなくなったので、あとはのんびり待つとしよう。乗り心地もいいし、眠たくなるし。うとうとしよう。寝ないようにだけ気をつけないと、ね。

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