お寿司
「なるほど、魔法というのは事実みたいだね」
「ん。他の星、とかの証明にはならないけど」
「いや、十分だよ。ああ、十分だとも……」
そう言って、橋本さんは疲れたように天を仰いだ。いや、本当に疲れてるねこれ。やっぱりお仕事大変なのかな。プレッシャーもすごいだろうし。
『リタちゃん。首相の疲れはそういうのじゃなくてな……』
「ん?」
『だいたいリタちゃん由来やねん』
『本当に大騒ぎだったから』
『たちの悪い冗談とか、そっちの方がまだ楽だったんじゃないかなあ』
「あー……」
うん。本当に、私のせいですごく大変だったらしい。具体的に何があったのかまでは分からないけど、これはやっぱり私のせいかな。
「ごめんなさい」
謝っておくと、橋本さんは慌てたように視線を戻して、手を振ってきた。
「いやいや! 君が気にすることじゃない! むしろ私としては、日本に来てくれてありがとうと言いたいよ」
「そういうもの?」
「そういうものさ」
そう言うなら、私もこれ以上は気にしないでおこう。気にしたところで、私には分からないし。
そこまで話したところで、夕食が運ばれてきた。
テーブルに並べられたのは、お盆みたいな……。そう、確か寿司桶だ。大きめの寿司桶に、たくさんのお寿司が並んでる。
お寿司。これも師匠がチャレンジして、そして一回で諦めてしまったやつだ。川魚でやるものじゃないって後悔していたのをよく覚えてる。
これが、ちゃんとしたお寿司。
「目の前で握ってもらうようにしようかと思ったんだけどね。まずは二人で話をしたいと思って、こうして持ってきてもらったんだ」
「へえ……。一応聞くけど、これってお寿司、だよね」
「ああ、そうだよ」
『日本人のソウルフード、寿司!』
『は? ソウルフードは味噌汁だろうが』
『あ? お茶漬けだろ何言ってんの?』
『バカヤロウ! 日本で独自の発展を遂げたカレーライスこそソウルフードにふさわしい!』
『はあ!? やんのかこら!』
『すっぞこらあ!』
「…………。そうるふーどかっこわらい」
「んふっ……」
あ、橋本さんが噴き出した。口を押さえて笑いをこらえてる。
コメントを確認するとこれがいいとかあれがいいとか流れていたから、とりあえず無視することにする。聞いていたところで無意味だよこれ。
今はそれよりもお寿司だ。師匠が作った失敗作じゃない。もちろん私はその失敗作も美味しかったんだけど、カレーライスとかを思い出すと、こっちの方がずっと美味しいっていうのは想像できる。だから、とても楽しみだ。
お箸を手に持って、お寿司を選ぶ。違いが分からないから、最初に目に入ったものを。少し赤っぽいピンク色のお魚だ。橋本さん曰く、サーモンらしい。
「こちらの醤油に少しつけてからお召し上がりください」
案内してくれた人が小皿を渡してくれた。黒い液体が入ってる。醤油、らしい。ちょんちょんと少しだけつけて、口に入れた。
「おー……」
師匠の失敗作とは全然違う。そもそも師匠が作ったものは、もしものためにと焼き魚を使っていた。でもこれは、生だ。生魚だ。本当に生のまま食べるんだね。びっくりだけど、ちょっとだけ感動。
ご飯は固く握られてるわけじゃなくて、噛むと簡単に口の上でばらけていく。お魚も厚めに切られていて、すごく濃厚な味わいだ。ちょっとだけこってりしてる気がするけど。
でも、うん。
「すごく美味しい」
いや、本当に。すごく、すごく美味しい。
『見た目だけでもうまそうだしなあ……』
『絶対高いやつだぞこれ。一皿二百円とかじゃない。一貫千円とか、そんなやつ』
『リタちゃん、その一口でカツカレー食べられるよ』
「え」
え。まってなにそれ。いや、確かに美味しいけど、そんなにするの……!? 確かにこれは高級料理だ。怖い。
「こ、このなんだかてかてかしてるのは……?」
『リタちゃんがびびってるw』
『寿司にびびる魔女』
『サーモンにびびる魔女』
『魚にびびる魔女』
そう言われるとすごく情けない感じになるね。よ、よし。お寿司は高級。でもこれは、偉い人のお金。おごり。私は味わえばいいだけ。ふふん。そう思うと、気が楽だね!
「もぐ……。うわ、すごい、お魚がとろける……。すごく濃厚。なにこれすごい……」
「ははは。大トロだからね。正直私のような年になると少し重たいけど、リタさんなら美味しく食べられるはずだよ」
「ん……? ああ、年を取るとこってりしたものが辛くなるらしいね」
そのあたり人族は大変だなと思う。私はまだまだ遠い話だ。
『ちなみにリタちゃん。大トロってサーモンよりとても高い』
「え」
『高級寿司の値段とか知らんけど、サーモンの倍はするんじゃないかな』
ええ……。なにそれこわい……。本当に、お寿司って高級なんだね……。
いやでも、本当に美味しい。高級なのもよく分かる。高いものには相応の価値があるってことだね。それはまあ、納得できる。
その後もたくさんのお寿司を食べた。遠慮無く。それはもう、遠慮無く。橋本さんが食べ終わっても食べ続けた。だって美味しいから。偉い人ならお金いっぱい持ってそうだし。
「あとおみやげに少し欲しいです」
「ははは……。用意させておくよ」
苦笑いの橋本さん。さすがに少しだけ申し訳なく思うけど、許してほしい。食べる機会なんて滅多になさそうだしね。
『すごいな……。五十皿分は食べてるのでは……?』
『リタちゃんって小柄なのにマジで健啖家だよな』
『いっぱい食べる君が好き』
『少し……黙ろうか……』
やっぱり食べ過ぎたのかな。いや、でも、今更だよね。うん。気にしないでいこう。
「それじゃあ、少し話をさせてもらえるかな」
「ん。どうぞ」
食後のお茶を飲みながら、橋本さんの話を聞く。あ、これが熱いお茶なんだね。少し苦いけど、これはこれで悪くないかも。
「探してほしい人物の情報だけど、もう一度お願いできるかな?」
「ん。橋本さんに言っていいの?」
「ああ。担当の者は配信で聞いているからね」
『マジかよ』
『国の偉い人が見てる配信』
『外国の偉い人も見てるみたいだけど』
『そう考えるとやべえ配信だなこれw』
私は外国のことはどうでもいいけど。日本語しか分からないから。
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