年代の違和感

 でも、見たことも聞いたこともない、か。師匠はもう、挑戦することはなかったのかな。それとも、挑戦はしてたけど一人でやってたか。どっちだろうね。


「泊まる部屋だけど、師匠の部屋を……」

「ああ、いえ。寝袋がありますのでここでいいですわ」

「え?」

「きっと、たくさんの思い出があるのでしょう? わたくしが汚すわけにはいきませんわ」


 それは、そうなんだけど。でも、うん。うん。そうだね。私もまだ気持ちの整理ができてるとは言えないし、そうしてもらおう。


「ん。ありがとう。それじゃあ、私はこっちの部屋にいるから、何かあったら呼んでね」

「わかりましたわ。ありがとうございます、リタさん」

「ん」


 うなずきを返して、リビングを後にする。そして私が入ったのは自室、ではなく。

 師匠の部屋だ。

 いつか帰ってくると思って清潔に保っておいた部屋だったけど、結局師匠が帰ってくることはなくなってしまった。師匠の私物とかそのままにして、待ってたんだけどね。


『リタちゃん……』

『元気だして』

『泣かないで』


「ん……。大丈夫。でも、ちょっと一人になりたいから、今日の配信はここまで」


 そう言って、返事を待たずに配信を切った。

 師匠の部屋は、机と椅子、本棚とベッドだけの部屋。本棚にあるのは、師匠が記憶を頼りに書いた日本の書物。大雑把な日本地図もあったりする。

 師匠が帰ってくるまではあまり触らないようにしてたけど、もう、いいよね。

 本棚から一冊抜き出してみる。何かの小説、かな。架空の物語だ。眠たいとも思わなかったから、師匠のベッドに腰掛けてそれを読み始めた。


 何冊も何冊も読んでいって、あふれる涙が本に落ちないようにだけ気をつけて、読み続けて。

 そして、それを見つけた。

 師匠が書いた日本地図。覚えていることを書いたというそれには、いろいろと注釈も書き添えられていた。

 そしてそこに、それはあった。

 心桜島。開発中の島だ。師匠の注釈には、開発予定、とだけ書かれていて。


「いや、なんで……?」


 師匠が転生した時期は正確には知らないけど、それでも私を育ててくれたから、二十年ぐらいは前のはずだ。そして心桜島は、視聴者さん曰く、最近開発が始まった、らしい。

 師匠の地図には開発予定とある。予定が決まってから開始まで二十年もかかったってこと? それはさすがに……どうなんだろう。日本のことはまだそこまで詳しくないから、あり得るかどうかも分からない。

 なんだかちょっと気持ち悪い。考えても仕方ないし……。明日、精霊様に聞きに行こう。




「それじゃ、ミレーユさん。転移魔法で街まで送るから」

「転移魔法まで使えるのですね……」

「え? うん」


 朝。保存食だけの簡単な朝食を済ませた後、私は用事があるからここに残るとミレーユさんに伝えた。ミレーユさんも承諾してくれたんだけど、当然ながら帰りは一人になってしまう。

 森から街まで、魔獣どころか動物の姿すら少ない。だから大丈夫だとは思うけど、それでももし何かあったら嫌だから、転移魔法で送ることにした。


 そう言ったらすごく驚かれたけど。ミレーユさん曰く、転移魔法はすでに失われた魔法だそうだ。

 驚きはしたけど、当然かなとも思う。転移先を失敗したら岩と体がくっついて変なことになるらしいし、消費魔力も膨大だ。使える人がいなくなるのも仕方ないとは思う。


「依頼のことですが、リタさんのことはどこまで伝えていいのかしら」

「ん……。まあ、別に全部でも。ただ、不用意に広めるのはやめてほしい」

「もちろんですわ。ではギルドマスターにのみ伝えますわね」


 律儀な人だと思う。すごくいい人だ。だからこそ信用できる。

 手を振って別れを告げて、転移魔法を発動。一瞬だけ光に包まれて、ミレーユさんの姿は消えた。

 さて。それじゃあ、精霊様に聞きに行こう。とりあえず配信はスタートさせておく。心桜島についても聞いておきたいし。


「おはよう。少し早いけど、聞きたいことがあるから始めます」


『おはようリタちゃん!』

『マジで早すぎて草』

『聞きたいこと? なんでも聞いてくれ』


 夜よりは少ないけど、それでもすぐに返事をしてくれる人がいる。朝から暇なのかな。さすがに失礼だと思うから言わないけど。

 あと、相変わらず読めない文字の文章もたくさんある。こちらについては見えないようにしておく。せめて私が読める文字で話してほしい。


「私が聞きたいのは心桜島について」


『今更だなあ』

『あまり専門的な知識はさすがにないけど、それでいいなら』


「ん……。あそこの開発が始まったのって、いつ頃?」


 私がそう聞くと、流れてくるコメントはどれもが不思議そうにするものだった。今更だとは私も思う。今まで成り立ちに興味なんて持ってなかったから。


『開発が始まったのは二年前の春だったかな』

『予定としては五年ほど前からあったはず』


「ん……。そっか。ありがとう。精霊様とお話ししてくる」


『まってまってまって』

『何があったか気になるんだけど』

『説明ぷりーず!』


 説明は、精霊様とのお話しを聞いてもらったらだいたい分かるはず。

 コメントの質問には答えずに、世界樹の側に転移する。精霊様を呼ぶと、すぐに姿を現してくれた。


「おはようございます、リタ。どうかしましたか?」

「ん。聞きたいことがある」

「聞きたいこと、ですか?」


 首を傾げる精霊様に、私は小脇に抱えていた本を広げた。師匠が描いた地図のある本だ。心桜島のことが書いてあるページを開いて、精霊様に見せた。


「これ。心桜島の注釈」

「開発予定、とありますね」


『なにそれ。おかしくない?』

『え。何が? どういうこと?』

『誰か詳しく!』


 視聴者さんも、気付いた人と分からない人がいるらしい。精霊様はまだ不思議そうにしてる。そんなに難しいことじゃないんだけどね。


「心桜島の開発が始まったのは二年前。計画が出たのは五年前ぐらい前、だって」

「え……」


 あれ。精霊様が絶句してる。精霊様も知らなかったらしい。食い入るように地図を見つめてる。


「師匠が転生したのはいつかは知らないけど、私を育ててくれてるんだから最低でも十年は前のはず。赤子が赤子を拾えるわけもないから、現実的に考えて二十年は前じゃないかな。つまり、心桜島の計画なんてなかったはず」

「そう、ですね……」


『いやいや待ってなんだこれどうなってんの?』

『それが分からないからリタちゃんが精霊様に聞いてんだろ』

『そして精霊様すら知らなかったという有様。草も生えないwww』

『生えとるやないかい』


 んー……。精霊様なら知ってると思ったんだけど、予想外だ。

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