国宝級
夜。日も沈んできたしそろそろ晩ご飯かなとは思うんだけど、ミレーユさんがひたすらに本を読んでる。リビングの椅子に座って、黙々と。
「ミレーユさん、そろそろ夜だよ」
「…………」
「すごい集中力。反応しない」
『結界の話を聞いてるからかな?』
『危険がないって分かってるもんな』
『それにしても警戒心なさすぎでは』
『まるでリタちゃんやな』
否定はできない。私も読書に集中するとずっと読みふけってしまうから。一度配信しながら読書に集中して、丸一日ずっと読んでいたなんてこともあった。
あの時は視聴者さんに悪いことをした、という感想よりも、そんな私の本を読むだけの姿を丸一日見続けた視聴者さんがいたことに戦慄したよ。
だからミレーユさんのこれも分かるのは分かる。親近感を抱いたりもする。でも、私はそろそろお腹が減ってきた。
というわけで、申し訳ないけど本をさっと抜き取らせてもらった。
「あ……」
切なそうな声を出さないで。すごく申し訳ない気持ちになるから。
『えっ……』
『すごいえちえちな声でした』
『おまえらwww』
『リタちゃんも聞くコメントでくだらないこと言うなっての』
変態ばっかりなのかな?
じっとミレーユさんを見ていると、ミレーユさんはすぐに我に返って咳払いをした。色々と手遅れだけど。
「失礼しました、リタさん。何かご用でしょうか」
「用も何も、ごはんの時間。晩ご飯」
「えっ!?」
わ、びっくりした。ミレーユさんが勢いよく立ち上がって、慌てたみたいに外へのドアへと駆けていく。さすがに結界の外に出ないとは思うけど、私も一緒に行こう。
ミレーユさんは家の外に出ると、呆然とした様子で呟いた。
「まっくらですわ……」
ん……? あ、本当だ。もう日が沈んでしまったらしい。月明かりがあるから真っ暗ってわけではないけど、家の中と比べると雲泥の差だね。街灯とかないから当たり前だけど。
そういえば、まだ日本の夜って見てない。なんか、すっごく明るいんだよね。どこにいってもきらきらしてるって師匠が言ってた。今度真美に会いに行く時は夜までいてみようかな。
そんなことを考えていたら、ミレーユさんが振り返って頭を下げてきた。
「申し訳ありません、リタさん」
「え。な、なにが……?」
「泊めてもらう上に本まで読ませていただいたので、夕食ぐらいはわたくしが用意しようと思っていたのですわ。今から用意しますから、少しだけ時間を……」
「あ、大丈夫。もう用意したから」
「え」
「もう用意したから大丈夫」
繰り返し言ってあげると、ミレーユさんは愕然とした様子で膝を突いた。そんなにショックを受けることなのかな。
「本当に……何から何まで申し訳ありませんですわ……」
「ん。別にいいよ。師匠のことを教えてくれたお礼」
ミレーユさんに聞いてなかったら、多分ずっと捜し続けていたと思う。ずっと、ずっと。
だからお家にも泊めてあげるし本も見せてあげるし晩ご飯も作るよ。
「ちなみにご飯は私のとっておき」
「守護者様のとっておき、ですか。それはとても楽しみですわ」
「ん。期待して損はない」
私に料理の才能なんてまずないけど、でも今回のは誰でも作れるものだ。日本すごい。とてもすごい。
家の中に戻ってアイテムボックスから取り出すのは、日本で言うところのレトルト食品というやつだ。真美に私の世界でもカレーを食べたいって言ったら渡された。
でも、なんとなくもったいない気がしてしまって食べてなかったのだ。いやだって、いつでもカレーが食べられる素敵なご飯だよ? そう、つまりこれは。
「国宝級のごはん」
「国宝級、ですって……!?」
『国宝級www』
『国宝 (レトルト)』
『レトルト国宝w』
『やっすい国宝やなw』
いやいや、視聴者さんはそんなこと言うけど、本当にすごいものだと思うよ。温めるだけで美味しいごはんが食べられるって、すごくすごい。すっごくすごい。
『それは確かに』
『こっちではありふれたものだけど、素晴らしい発明だったのは間違いない』
この世界でも作れるようになってほしい。いやその前にご飯の美味しさを追求してほしいけど。
テーブルにお鍋を置いて、水を入れてさっと沸騰させる。火はいらない。水そのものを温めるから。こういう時にこそ魔法を使わないとね。
その水にレトルト食品を投入。パックご飯とレトルトカレーを二つずつ。少し時間はかかるけど、後は待つだけ。すごく簡単だ。
「あの……。なんですの、これは……」
「レトルト」
「れとると……?」
「んー……。とっても長持ちする、簡単に料理が作れる素。他の人には内緒だよ」
「よくわかりませんが、すごそうですわ」
『実際すごい』
『俺もレトルトカレーには何度お世話になったことか』
『安くて早くて美味い。まさに完全食』
うんうん。概ね同意見だ。
十分に温まったところで、大きめのお皿に出してあげる。ご飯を入れて片側に寄せて、カレーを逆側へ。スプーンを添えて、と。
「お待たせ。カレーライス」
「かれーらいす、ですか……」
「ん。どうぞ」
私も自分の分を取り出してさっさと食べ始める。うん。さすがに真美が作ってくれるカレーには劣るけど、それでもカレーライスだ。美味しい。
ミレーユさんはまだ警戒していたみたいだけど、恐る恐ると食べた一口目の後はすごく早かった。さすがカレーライスだね。
私もミレーユさんもあっという間に食べ終わってしまった。
「とても美味しかったですわ……。これはもしかして、守護者にのみ伝わる料理ですの?」
「え? あ、いや、えっと……」
「他では見たことも聞いたこともない料理ですし、そうですのね……」
「…………」
よし。説明ができないから、そういうことにしておこう。
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