賢者
「では依頼の説明をするわね。ドラゴンの討伐だけれど、一年前にイオという国を滅ぼしてしまったドラゴンがいるの。他の国に来てしまう前に、先手を取って討伐したいというものね」
「あ、うん……」
「不死鳥の涙の採取は、不死鳥と会えれば、わりとあっさりともらえることができるわ。ただし火山の奥地に住んでいるから、住処にたどり着くのが難しいわね」
「ん……」
「精霊の森の調査は、最近大きな魔力反応が度々観測されるようになったの。その原因の調査になるわ。私が言うのもなんだけど、これはあまりオススメしないわね」
大きな魔力反応? 魔獣たちの縄張り争いとは違う、よね? 最近だって言うぐらいだから。でも、特に変わったことなんて何も……。
『リタちゃんリタちゃん』
『大きな魔力反応ってリタちゃんの転移魔法では?』
『銀河から銀河への転移なんだから、魔力っていうのもすごく使ってる気がする』
「あ……」
あーあーあー……。そうだねそうだよその通りだ。しかもあの魔法、帰りの魔力も先に確保しちゃってるから、消費魔力も相応だ。それだけ一気にごっそり魔力を使ったら、何かしら観測されるのも当然かもしれない。
これは予想しておくべきだったかなあ……。隠蔽の手段を考えた方がいいかも。
「リタさん、聞いてます?」
「え」
ふと顔を上げたら、ミレーユさんとセリスさんが呆れたような目で私を見ていた。
「ん。ごめん。聞いてなかった」
「そうですわね。どれも難しい依頼ですもの。悩むのも仕方ありませんわ」
ごめんなさい。全然別のことです。
「わたくしとしてはドラゴンの討伐がオススメですわね。ドラゴン一匹ということは群れから追い出されたはぐれでしょう。私一人でもやろうと思えば勝てますわ」
「私としては不死鳥の涙ね。火山の探索は大変だけど、過酷な環境だから魔獣に襲われることはあまりないわ。時間はかかるかもしれないけど」
精霊の森は候補にも出さないんだね……。
「じゃあ精霊の森の調査で」
「嫌ですわ!」
即座にミレーユさんに拒否された。早すぎてびっくりだよ。
「リタさん! 考え直しましょう! 精霊の森の調査など自殺行為ですわ!」
「そこまで言う?」
「そこまで言います!」
そこまで言われる森に住んでる私は何なの?
『化け物』
『魔女』
『魔王かな?』
さすがに怒るよ。
「リタさん、候補に入れた私が言うのもおかしいけれど、やめた方がいいわよ。入り口付近ならともかく、精霊の森の奥地は本当に危険なの」
「そうですわ! ドラゴンに勝るとも劣らない魔獣がうじゃうじゃいるのですわ! 命がいくつあっても足りませんわ!」
「うじゃうじゃ」
『うじゃうじゃ』
『うじゅうじゅ』
『なんかきたねえな』
何の話をしてるのかな。
本気で避けたがってるミレーユさんには悪いけど、森の調査の方が気が楽だ。原因が分かってるから。守護者がいるのはわりと有名のはずだから、その実験とでも言えば納得する、はず。
「森の調査で」
「ええ……。私は構わないけど……」
セリスさんがミレーユさんを見る。ミレーユさんは愕然とした表情で私が選んだ依頼書を見ていた。
たっぷり一分ほど固まってから、叫んだ。
「分かりましたわ! やりますわよ! やればいいんでしょう!」
そういうことになった。
「ああ……いやですわ……行きたくありませんわ……」
ただいま上空を飛行中。街から離れて北に向かってる。目的地はもちろん精霊の森だ。飛ぶ速度はミレーユさんに合わせてる。というより、先導してくれてる。
ただ、その……。すごく遅い。このペースだと、休まず飛んでも丸一日かかりそう。丸一日なんて飛んでられないだろうから、どこかで野宿するつもりなのかな。
「ミレーユさん」
「はいはい。なんですの?」
「どこかで野宿するの?」
「そうなりますわね。ああ、野宿の用意の心配なら必要ありませんわ。わたくしのアイテムボックスに入っておりますので」
「ふうん。そっか……、いや待って」
今、すごく聞き逃せない単語があった。声を小さくして、視聴者さんにだけ聞こえるように言う。
「間違い無くアイテムボックスって言ったよね?」
『言った』
『すまん。最近見始めたんだけど、何かあんの?』
『アイテムボックスはリタちゃんのお師匠さんが考案したオリジナル魔法。モチーフはそのままネットゲームのやつな』
もちろん他の人が新しく考えたっていう可能性もあるけど、それでも名前まで被るわけがない。アイテムボックスなんて言葉、あの魔法以外で聞いたことがないから。
「ミレーユさん。そのアイテムボックスの魔法について詳しく」
「あら。リタさんは知りませんの? 賢者コウタが考案した魔法ですわ。習得難易度はトップクラスで高いものですが、とても便利な魔法ですわよ」
師匠の名前はコウタっていうらしい。初めて知った。でも、それよりも。
「賢者……?」
『けwwwんwwwじゃwww』
『あいつが賢者かよwww』
『あいつは森を出て何をやってんだよw』
なんというか。すごい呼ばれ方をしてるね。これも二つ名って言うのかな。
でも、うん。賢者。いいと思う。賢い人ってことだよね。かっこいい。
「さすがは私の師匠。合ってるかはおいといて」
『おいとくなw』
『フォローのようでフォローをする気がねえなw』
いや、だって……。師匠はすごく尊敬してるけど、どうしてもあのいないいないばあを思い出してしまうから……。
「そのコウタさんに直接教わったの?」
「そうですわ。魔法学園で教鞭を執っておられました。とても良い教授でしたわ」
魔法学園。そこで先生をやってるらしい。なんというか、私がいなくても誰かに何かを教えてるんだね。師匠らしいと言えば師匠らしいかも。
「その人に会いたい」
「え? アイテムボックスならわたくしが教えてさしあげても……」
「会いたい」
「…………」
ミレーユさんが押し黙ってしまった。なんだろう。言いにくいことを聞いてしまったかな。
じっと黙ってミレーユさんの返答を待っていると、やがてミレーユさんが口を開いた。
「亡くなりました」
え。
……え?
「なん、て……?」
「一年ほど前ですわね。魔獣から教え子をかばって……」
いや。まって。おかしい。ししょうが? まじゅうに? だれを? かばって?
ちがう。ありえない。だって、ししょうだ。ししょうだよ。そんなこと。
あり得ない!
『リタちゃん!』
『待って落ち着け!』
「無理!」
ああ、そうだ。精霊様だ。精霊様なら知ってるはずだ。
私はミレーユさんの腕を掴むと、一気にスピードを上げた。全速力で森へと向かう。
「なあああああ!?」
ミレーユさんの悲鳴なんて気にしていられない。私は一直線に精霊様の元へと向かった。
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