精霊様の秘め事


 精霊の森の上空を突っ切って、まっすぐ森の中央、世界樹の元へと向かう。

 精霊の森の上空はワイバーンみたいな飛行できる魔獣の縄張りなんだけど、今日ばかりは無視だ。襲ってくるやつだけ適当に返り討ちにしていく。

 そうして三十分足らずで、私たちは世界樹にたどり着いた。

 世界樹の側で地面に降り立ち、そして勢いでミレーユさんを連れてきてしまったことに気付いた。


「あ……」


 ミレーユさんは、ぐったりとしていた。どう見ても気絶してる。加減なんてする余裕がなかったからなあ……。悪いことをしちゃったかも。

 とりあえずその場に横にしておく。魔獣は世界樹の側には近寄らないから、一先ずここで待っていてもらおう。


『リタちゃん、往路の時はあれでも加減してたんだなあ……』

『早すぎてびっくりした』


「ん。ごめん」


 でも今は視聴者さんは後回しだ。


「精霊様!」


 世界樹に向かって呼びかければ、すぐに精霊様が出てきてくれた。私の顔を見て、一瞬だけ言葉に詰まった、ように見えた。


「おかえりなさい、リタ。早かったですね」

「ん……。聞きたいことが、あったから」

「どうぞ」

「師匠は、生きてるの?」


 誤魔化すことなんてできないように、はっきりと聞いておく。問われた精霊様は、悲しげに眉尻を下げた。それだけで、答えが分かってしまった。


「リタ。その、ですね……」

「ん……。もう、いないんだね……」

「…………。そうなります……」


 そっか。そう、なんだ……。

 精霊様は、召喚した縁をたどって、師匠が元気に過ごしているかなんとなく分かると聞いたことがある。その精霊様がいないと言うってことは、そういうことなんだろう。

 信じたくなかった。ミレーユさんが言う賢者さんは、師匠とは別の人だと思いたかった。でも、精霊様が嘘をつくとは思えない。だから、まあ……。受け入れないといけない。

 受け入れないといけないけど……。


「あああああああ!」


 叫ばずには、いられなかった。




 ひとしきり叫んで、ついでにみっともなくわんわん泣いた。こんなに泣いたのは初めてかもしれない。ずっとずっと、たくさん泣いた。

 その間にミレーユさんが起きてきた。泣いてる私と精霊様にぎょっとしたみたいだけど、何も言わずに私の背中をさすってくれた。聞きたいことがたくさんあると思うのに、優しい人だ。

 視聴者さんたちは、とても静かだった。泣かないで、なんてコメントがちらほらと聞こえてきただけ。気を遣ってくれたのかもしれない。視聴者さんも、優しい人が多いよね。


 たくさん泣いて、泣いて。日がすっかり沈んだ頃に、ようやく落ち着くことができた。我に返ると、ちょっとだけ恥ずかしかった。見た目相応でしてよ、なんてミレーユさんに言われたけど。

 もう夜も遅いから、ミレーユさんは私のお家に泊めてあげることにした。森の最深部に連れてきちゃったのは私だからね。放り出すことなんてできない。当たり前だけど。


「ここが私のお家。結界があるから魔獣は入ってこないから、ゆっくりしていってね」

「ありがとうございます。精霊の森の深部に家があるなんて思いもしませんでしたわ……」

「守護者だって人間だから。住む家ぐらいはある」

「人間……?」


『人間……?』

『知ってるかなリタちゃん。普通の人間は高速で空を飛べたりしないんだ』

『ミレーユさんの反応から考えると、そっちの人間も同じくだと思う』


 いやいや、がんばればきっと誰でもできるよ。才能さえあれば、だろうけど。

 私のお家は結構広い造りだ。入ってすぐにリビングがあって、机とかソファとか、くつろげるようになってる。左右と奥にドアがあって、左が私の私室、右が師匠の私室、奥が秘密の部屋。

 秘密の部屋というか、私が配信について知らなかった時に師匠が配信していた部屋ってだけで、今はただの物置だけど。

 ただ、私も師匠もアイテムボックスがあるから、あまり物は置いてない。ベッドと本棚と机があるぐらい。


「適当に座って。はい水」

「ありがとうござ……、すごいですわね……」


 椅子に座ったミレーユさんの前に、コップに入った水を出してあげると驚いていた。アイテムボックスから出したコップに魔法の水を入れただけだけど、違う何かに見えたのかな。

 私がミレーユさんの対面に座ると、ミレーユさんがおずおずといった様子で口を開いた。


「あの、ですね……。色々と聞いても……?」

「ん。いいよ。でも色々と察してるよね? 先にそれを聞かせて」

「そうですわね……。まず、リタさんは精霊の森の守護者、でしょうか」

「ん。そう」

「実在していたことに驚きましたわ……」

「そんなに……?」


 詳しく聞いてみたら、森に守護者がいるという話はよく聞くそうだけど、実際に会った人はもう長い間いなかったらしい。今となっては架空の存在、もしくは長い時間でいなくなってしまったと思われていたんだって。

 確かに私は森から出ない。他の守護者も同じくだ。でも師匠みたいに役目を譲ってから外に出た人はわりといるらしいから、気付いていないだけで元守護者とは会ってるんじゃないかな。

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