様式美
大量にコメントが流れていていちいち反応するのも面倒だ。しばらくコメントは無視しよう。
「まずは精霊様に挨拶に行く。そこでだめって言われたら、諦めないといけないし」
『守護者だもんな。勝手に出歩くのはさすがにまずいか』
『日本にはわりとひょいひょい来てるけどw』
『おかしい……日本の方がずっと遠いはずなのに……』
それを考えると、ちょっと不思議なことになってる気がする。
ずっとずっと遠い場所にある日本には頻繁に行ってるのに、ずっと近い場所にあるはずのこの世界の街にはまだ行ったことがない。
あまり興味がなかったから仕方ないかもだけど。
転移して世界樹の側に移動。精霊様を呼ぶと、すぐに出てきてくれた。
「ちょっと街に行ってきます」
「え。え……? ええ!?」
『精霊様がめっちゃ驚いてるw』
『いやまあ、精霊様からしたらそりゃ驚くだろうけどw』
『なにせリタちゃん……』
「どうしたのですか、リタ! 引きこもりのあなたらしくない! 亜空間にこもって出てこない日があるほどの引きこもりなのに!」
『ほんそれ』
『精霊様が言いたいことを全て言ってくれた』
『さすが精霊様やで……!』
バカにされてるような気もするけど、これに関してはあまり強く言えないのも分かってる。研究に没頭したら、異空間の中で年単位で過ごしてたぐらいだから。
でも腹が立たないわけでもないのでちょっと睨むと、精霊様は申し訳なさそうに手を合わせてきた。許してあげる。
『あざとい』
『精霊様はあざとい女』
『これがリタちゃんの保護者とか世も末やな』
「ひどくないですか!?」
わりと正しい評価だと思うよ。
「で、精霊様。出かけても大丈夫?」
「ああ、はい。構いませんよ。何かあれば呼びますので」
「ん。よろしく」
転移魔法もあるから、戻ってくる時は一瞬だ。だから森に何かあれば、すぐに駆けつけることもできる。それができなければ出かけようとは思わなかった。一応、これでも守護者だから。
精霊様の目の前で、亜空間から取り出した地図を広げる。この森が地図の中心になってる世界地図だ。なんと師匠の手作り。
師匠が見ていた時に、欲しくなったからおねだりしちゃったんだよね。一枚しかないからだめだって言われて諦めたんだけど、一週間ぐらいで新しく描いてくれた。
私のために、師匠が描いてくれた地図。私の宝物だ。
「いいでしょ」
というのを視聴者さんにも説明しておいた。
『リタちゃん、やっぱり師匠さんのこと、好きだよね』
『めっちゃ嬉しそうに語ってて見ていて微笑ましかった』
『リタちゃんからすればお父さんみたいなものだもんな』
お父さん、ね。みんながそう言うなら、そうなのかもしれない。ただ私にとって、父も母も私を捨てた存在だ。あまりいいイメージはない。
それはともかく。行き先を決めよう。
行き先、といっても、この森から近い街は一つだけだけど。
精霊の森の南にある大きな街。精霊の森に異常が起きないか監視するための街、らしい。
当初はそんな目的で作られた街だったらしいけど、今となっては交易路の中心地点でとても賑わってると聞いた。だから、最初に行くのに丁度良いかなって。
「それじゃ、精霊様。行ってきます」
「はい。気をつけて行ってらっしゃい、リタ」
精霊様に手を振って、私は意気揚々と森の入り口へと転移した。
突然景色が変わったことに視聴者さんも驚いたのかコメントがたくさん増えたけど、転移はわりとよくやるから今更のはず。新しい人が増えたみたいだし、その人たちかな。
『ところでリタちゃん、その街へはどうやって行くの?』
『やっぱり転移?』
「転移はしないよ。せっかくだから、のんびり飛んでいこうかなって」
『なるほど……、いや待って』
『さらっと空を飛んで行くとか言ってるんだけど』
『そういえば、心桜島に最初に行った時も空飛んでたな……』
空を飛ぶ魔法は慣れればわりと簡単だったりする。姿勢の制御がちょっと大変だけど、その程度だ。だから移動には便利な魔法。私も最初の方に教わったぐらいだし。
「空を飛ぶ魔法なんて基礎中の基礎、なんて師匠も言ってたし、魔法を使える人はみんな飛べるんじゃないかな」
『なにそれクッソ羨ましいんだけど』
『俺も空を自由に飛んでみたい……』
まあ姿勢の制御に慣れない間はすごく怖い思いをするけどね、この魔法。
精霊の森の外は、とても広い、静かな草原だ。精霊の森に住む魔獣を恐れてか、動物たちすら近寄らない。だからこの境目あたりはいつも平和だ。
さて。それじゃあ、街に行こう。亜空間から箒を取り出して、魔法をかけると箒が宙に浮いた。
「これでよし」
『まって』
『ほうき!? ほうきなんで!?』
『リタちゃん、普通に飛んでなかったっけ? 箒っているの?』
それは私も思うところだけど、師匠から教わったのがこれだからね。
「師匠曰く、様式美、だって」
『くっそwww』
『あのバカ、ほんとバカwww』
『いやでも、気持ちは分かる。魔女と言えば、箒に乗って空を飛ぶ、だからな』
師匠も同じようなこと言ってたね。私としてはどうでもいいんだけど、師匠のこだわりだったから、基本的には私も箒に乗るようにしてる。
箒に座って、ゆっくりと浮かぶ。精霊の森の木よりも高く。
『ほほう。ええ眺めやなあ』
『見渡す限りの緑の絨毯、てか』
『すごく過ごしやすそうな場所なのに、見える限りで村すらない』
『本当に、不可侵の聖域なんだな』
「ん。まあたまに森の入り口の薬草を取りに来る人はいるけど」
『それは言わないお約束』
森の入り口程度なら迷惑でもないから黙認してるからね。奥深くに入ることも止めはしないよ。腕に覚えがないと死ぬだけで。
「それじゃ、行くね」
『おー』
『楽しみだなあ!』
みんなのコメントを読みながら、私は街に向かって飛び始めた。
『リタちゃん。一ついい?』
「ん。どうぞ」
『景色だけだと飽きてくっそ暇です』
「…………。わがままだね……」
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