世間は意外と狭いもの
「こういうのもあるよ」
案内人さんの声に振り返ると、なんだか赤いスープみたいなのを持っていた。テーブルに置いてくれたそれからは、少し独特な香りがする。匂いで分かる。これ、辛いやつだ。
「辛いのは大丈夫?」
「ん。もちろん」
一緒に出してくれたスプーンで食べてみる。たくさん入ってる白っぽいものは豆腐かな? 口に入れてみると、予想以上に辛い。カレーよりも辛い。でもなんだろう、くせになりそうな辛さだ。
これもご飯にとても合う。美味しい。
「えへー……」
『ああもう俺は何の出前を取ればいいんだよ!』
『全部取ればいいのでは?』
『おっさんに餃子と麻婆豆腐はきついっす』
あ、これ、そういう名前の料理なんだね。えっと……。
「まばあとうふ?」
「まば……っ、んふ……っ」
あ、なんか案内人さんに笑われた。違うらしい。
『まばあとうふwww』
『いやまあ、読み方知らずに漢字だけ見てもわからんわなw』
『リタちゃん、まーぼーどうふ、だ』
「ほうほう。まーぼーどーふ」
『なんか発音が微妙に違う気がするけど、まあ大丈夫!』
面白い名前だね。もちろん、読みも。美味しければ私は文句なんてないけど。
その後も案内人さんは中華料理というのをいろいろ出してくれた。私のお気に入りは餃子と麻婆豆腐、あと春巻き。春巻きは皮がぱりぱりしていて、とっても楽しかった。
「美味しかった……。ごちそうさまでした」
「うん。美味しそうに食べてくれて、俺も作りがいがあったよ。お粗末様でした」
お皿を片付け始める案内人さんを眺めながら、水を飲む。食後のこののんびりとした時間、いいよね。幸せだ。
そうしてまったりと過ごしていたら、お店のドアが開かれた。
「お邪魔します。リタちゃん、やっぱりここだった」
「ん? えっと……」
「あれ? 分からない? リタちゃんのコスプレしてた人よ」
「あ」
言われてみれば、確かにあの人だ。服装が違うだけでこんなに変わるものなんだね。印象が全然違う。すごい、変身みたいだ。
でも、どうしてここにいるのかな。
「ああ、姉貴。遅かったな」
「いや、これでも急いで来た方だから」
なるほど、家族か。
『まじかよ、案内人とコスプレの人、姉弟かよ!』
『世間は狭いなあ(白目)』
『リタちゃんの配信を見てるからこそリタちゃんのコスプレをしていて、弟も視聴者。あり得なくもない、か……?』
こういうこともあるよね、と思っておこう。考えても仕方ない。
「ん。お姉さん。あの後、大丈夫だった?」
すでに魔法は解除されてると思うけど、ちゃんとみんな雨対策はできたのかな。
そう思って聞いたんだけど、お姉さんはなんとも言えない表情になった。
「うん。あのね、リタちゃん。すごく大騒ぎになったよ」
「ん?」
『ですよねー』
『いきなりマジの魔法使ったら騒ぎにもなる』
『しかも一部の人しか分からないようなものじゃなくて、誰からの目にも見える魔法だったしな』
そういうものらしい。よかれと思ってやったんだけど、だめだったかな。
「いやいや、すごく助かったから! 大騒ぎだったけど、みんなリタちゃんに感謝してたよ!」
「そう? それなら、嬉しい」
「おっふ……。淡い笑顔、とてもかわいい……」
「信じられるか? これ、俺の姉貴なんだぜ……」
『ご愁傷様としか言えねえwww』
『姉貴殿の気持ちも分かるけどな』
『普段表情があまり出ないクールなリタちゃんだからこそ、たまに見せてくれる笑顔がすごくかわいいのです。天使なのです。ありがたがれ』
『長文で変なお気持ち表明すんなw』
『さーせんwww』
うん。よく分からないけど、みんな楽しそうだからそれで良し。
それじゃ、食べるものも食べたし、私もそろそろ帰ろうかな。
「その前に、お金だけど……」
「お金はいいよ。多分、宣伝効果がかなりあるだろうから」
「そう?」
「間違い無く」
『あるだろうなあ』
『東京在住のワイ、すでに今から行く準備始めてる』
『今から行ってもリタちゃんに会えるわけじゃねえぞ?』
『あんなに美味しそうに食べられたら行くしかないだろうが!』
宣伝効果、というものが私にはあんまり分からないものだけど、案内人さんがそれで満足してくれるなら、私としても文句はないし嬉しいところ。
日本のお金、あまり多く持ってるわけじゃないからね。節約できるならしておきたい。
「ん。それじゃ、そろそろ帰るね」
「あ、待ってリタちゃん! あと十分だけ!」
「ん?」
なんだろう。何かお話あるのかな。急いで帰らないといけないわけでもないから、別に待っていてもいいんだけど。
でもこのお店の営業開始までには帰りたいところだ。面倒なことになるかもしれないし。
私が椅子に座り直すと、お姉さんは逆に勢いよく立ち上がった。案内人さんへと叫ぶ。
「パソコン!」
「はいはい。二階で起動済み」
「ありがと!」
そしてお姉さんが走って奥の部屋へと入っていく。私はここで待っておけばいいのかな? いいんだよね。のんびりと待とう。
『あいつ何しに行ったんだ?』
『ヒント、コスプレ直後』
『あー……。プリントアウトか』
ぷりんとあうとが分からない。いや、覚えたいってわけでもないけどね。
「じゃあ、姉貴が用意してる間に、これ。俺からの土産な」
「ん?」
案内人さんに渡してもらったのは、ビニール袋。ビニール袋にはどこかの店名が書かれてる。えっと……。そうそう。このお店の看板がこれだったはず。
「お持ち帰り用のセットな。餃子が十二個と春巻き二個。精霊様と食べてほしい」
「おー……。ありがとう」
これはわりと嬉しいお土産だ。精霊様と一緒に食べたいとも思ってたし、帰ったら早速食べてみよう。
ほんのり漂ってくる良い香りを嗅ぎながら、お姉さんを待つ。餃子の香りってすごくいいよね。食欲がわく香りだ。すごく食べたくなるけど、我慢我慢。精霊様と一緒に食べるんだから。
少しして、お姉さんが戻ってきた。お姉さんの手には、封筒がある。
「リタちゃん。これ、せっかくだから持っていってね」
渡された封筒から中身を取り出してみると、写真だった。
私と、お姉さんの写真。あの会場で撮ってもらったツーショットだ。
『ほほう。これはよく撮れてる』
『光の加減もいい感じ』
『同じ服着て姉妹みたいでかわいい』
同じ服、だね。私のコスプレをしていたらしいから、当然と言えば当然かな。でも、なんだろう。すごく嬉しい。
「ありがとう。大事にする」
私がお姉さんにそう言うと、お姉さんも嬉しそうに笑ってくれた。
「というわけで精霊様。写真撮ってもらった」
「何がというわけなのかは分かりませんが、拝見しましょう」
森に帰ってきた私は、早速精霊様に写真を見せてあげた。
ちなみに写真にはすでに保護魔法をかけてある。私が死なない限り、あの写真は今の状態のまま維持されるはずだ。
「リタと同じ服を着ているのですね」
「ん。なんか、私はあっちではわりと有名らしい」
「でしょうね」
「え」
『でしょうねwww』
『精霊様はわりとこっちの事情も分かってそうだからな』
『リタちゃんだけは理解できてなかったってことだな!』
そう言われると面白くない。じっとりと光球を睨み付けたら、ごめん、という言葉が流れていった。私の知識が足りてなかっただけだから、別にいいんだけどね。
「あとこれ、餃子。食べよう」
「ぎょうざ、ですか? いただきます」
ちなみに精霊様の感想は、ご飯がほしい、とのことだった。ごはんも貰っておくべきだった。少しだけ反省しておく。
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