餃子
会場から出て少ししたところで姿を消す魔法を解除したんだけど……。いや、すごいね。周囲がすごい。話には聞いてたし分かってたつもりだったけど、実際に見ると予想以上だ。
右を見ても左を見ても摩天楼。私が住んでる森の木もかなり大きくて高いと思ってたんだけど、比べることすらおこがましいとはまさにこのことだ。
「すごい。高い。すごい」
『リタちゃんの語彙力がwww』
『ただのお上りさんになってるw』
『まあ初めて来ると圧倒されるよな。わかるわかる』
こんなに高い建物にたくさんの人が住んでるっていうのが信じられない。ただ、ちょっと窮屈そうだなとも思う。
「日本ってそんなに狭い国なの? 人数が増えたとか?」
『どういうこと?』
『あー……。リタちゃん。ここのビルのほとんどは仕事のための建物なんだ。家は別にある人の方がほとんどだよ』
「あ、そうなんだ」
それもそうか。変な誤解をしてしまった。反省しよう。
あとは、車、だっけ。これもすごい。すごい速さで行き交ってる。でも、ちゃんと決まった場所を走ってるから、危険はあまりない、のかな? でもぶつかったら危なそうだね。
「あれだけの速さがあるなら、エネルギーもかなりのもののはず。あれで体当たりしたら、魔獣にも通用するかも」
『リタちゃんwww』
『いちいち発想が物騒すぎるんだがw』
『車は移動手段であって攻撃手段じゃないからね?』
分かってるよ。ちょっと考えてみただけ。
他にも気になるものはいくつかあるけど、ご飯が食べたい。それに、さっきの場所ほどではないけど、ちらちらと視線を感じるし。それも、なんとなくちょっぴり居心地の悪い視線だ。
敵視とかそんなんじゃないけど、なんだろう。不信感とか、そんな感じ。警戒されてる気がする。
でも、仕方ないことというのは分かる。他の人を見てみたら、私の服ってかなり場違いだから。真っ黒ローブに三角帽子なんて私ぐらいだ。
だから、早めに移動しよう。
「案内よろしく」
『あいよー』
そうして視聴者さんの指示に従ってしばらく歩いて。大きな道から逸れて細い道に入って。たどり着いたのは、少し古いビル。一階が目当ての飲食店、らしい。
『ここ知ってる。確かに美味しいけど、ここって夜だけでは?』
『そうなん?』
『十七時から二十三時までの営業のはず』
え。まってそれ聞いてないんだけど。十七時ってまだかなり先のはずなんだけど。
私は時計を持ってない。だから今の時間を自分で調べることができない。聞けばいいだけだけど。
「今は何時?」
『十四時』
『まだまだやんけ』
『案内人、無能か?』
『反応なし。逃げたか』
むう。困った。間違いは誰にでもあると思うから怒るつもりはないけど、さすがに暇すぎる。でも美味しいのは間違いないみたいなんだよね。どうしようかな。
お店の前で困っていたら、お店に明かりがついた。そのまま中から扉が開かれて、出てきたのは男の人。三十歳ぐらい、かな?
「や。待ってたよ」
「え」
「俺、案内人。で、ここの経営者」
「え」
『ちょwww それありかw』
『自分の店に案内したんかいw』
『ちくしょう、その手があったか!』
さすがにちょっと予想外だけど、案内してくれたってことは作ってくれるってことかな?
「まだ時間じゃないみたいだけど、作ってくれるの?」
「もちろん。というより、そうでないと案内しないよ」
それに、と男の人が続ける。
「他の人がいる中で食べるのは、目立つだろ?」
「あー……」
なるほど確かに。視線から逃れたくても逃れられない状況になるところだった。
『これは有能』
『やるやんけ案内ニキ』
『案内ニキってなんだよw』
男の人、案内人さんに促されてお店の中に入った。
比較対象がないから分からないけど、多分小さなお店だと思う。カウンターと、テーブルが四つ。案内人さんが一人で経営してるらしい。
「好きなところに座ってくれたらいいよ」
「ん……。じゃあ、ここ」
「うん。とりあえず水だけ持ってくるけど、餃子以外に食べたいものはある?」
「美味しいもの」
「うん。うん。よし! わかった!」
案内人さんは少し困ったような笑顔だったけど、問題ないみたいで頷いてくれた。すぐにコップに入った水を持ってきてくれて、カウンターの方へと行ってしまった。
ちなみに私が座ったのは窓際のテーブル席。近かったから。
『注文が抽象的すぎて草でした』
『まあ第一希望の餃子は作れるみたいだし、問題ないやろ』
『ところでここって美味いんか?』
『美味いぞ。隠れた名店ってやつ』
『奥まった場所にあるのに夜になると満席になるのがいい証拠』
知ってる人からの評価は高いらしい。それなら期待できるかな。
椅子に座って、のんびりと待つ。もう知ってる人しかいないし、コメントの黒板も戻しておこう。
じゅうじゅうと何かを焼く音、かな? 聞こえてくる。すごくいい匂いがしてる。お腹が減ってくる匂いだ。
足をぷらぷらさせながら、コップの水を少しずつ飲んで暇つぶし。漂ってくる香りがすごく気になる。まだかな。まだかな。
『すっごくそわそわしてる』
『そわそわリタちゃん』
『かわいい』
「怒るよ」
『なんで!?』
ちょっぴりバカにされた気がしたので。
そうして待っていると、案内人さんが戻ってきた。大きなお皿を持ってる。
「とりあえず餃子、十個。ご飯もいるかな?」
「ほしい」
「はは。どうぞどうぞ」
テーブルにお皿に盛られた餃子と白ご飯。餃子には茶色い焦げ目がついてる。お箸で持ってみると、焦げ目はカリッとしていてちょっとかため。でも他は柔らかい。これが餃子。
「いただきます」
早速食べてみる。真ん中あたりでかじると、見た目通りかりっとした食感だった。それだけじゃなくて、焦げ目のない部分はもちっとした食感だ。
食感だけでも楽しいけど、味もいい。たっぷりと閉じ込められた肉汁が溢れてくる。お肉の味だけじゃなくて、お野菜の味も感じられる。ほどよいバランスだ。
うん。美味しい。
「んふー……」
『すごく美味しそうに食べるなあ……』
『やべえ、餃子食いたくなってきた』
『ちょっと出前頼もうかな……』
おかずとしても優秀。ごはんが進む。何杯でも食べられそう。
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