雨よけの魔法
「それにしても、完成度高いですね! すごく力が入ってる!」
「ど、どうも……」
完成度も何も、本人だからね……!
お姉さんがポーズの指示を出してくれたので、とりあえずそれに従っておく。するとどんどんと写真が撮られていく。なんだろう。恥ずかしいけど、これはこれで楽しいかも。
そうして被写体になっていたら、さらに人が集まってきた。自分もいいですか、自分も、なんて。勝手にやってくれていいのに。とても律儀だ。
でも、その、えっと……。多すぎませんか……?
「助けて」
配信にだけ聞こえるように言ってみたら、すぐに返答があった。
『無理』
『あきらめろん』
『ふっるwww』
『うるせえw』
うん。だめだこれ。
「あ、そうだ。あの、ツーショットとか、いいですか……?」
最初の人がそう聞いてきた。もうどうにでもなれ。好きにしてほしい。
私が頷くと、近くの人にカメラを預けて駆け寄ってきた。二人でポーズをして、また写真を撮られる。
本当にたくさん撮るよね。人の写真を撮って、そんなに楽しいの?
『人によるとしか』
『そもそもとしてコスプレに興味がない人もいるし』
『好きな人はとことん好き』
「ふーん……。よくわからない……」
「え? 何か言った?」
「何でもない、です」
でも、うん。これもある意味、貴重な体験かも。普段なら絶対にないこと……。
あ、いや、そうでもないかも。確か視聴者さん、配信中の画面を保存とかできるんだよね。むしろ配信そのものを録画、だっけ? そんなのもできるんだよね。
あれ? そう思ったら、この写真とか、かなり人が少ない方なんじゃ……。
『リタちゃんの表情がなんか変なことになってる』
『多分気付いちゃいけないことに気付いたんだと思う』
『例えば?』
『写真で慌ててたけど普段はもっと多くの人に見られてるじゃん、とか』
『あり得そうwww』
その通りだから言わなくていいよ。
思わず口を開こうとしたところで、なんだか少し騒がしくなってることに気が付いた。隣の人もちょっと慌ててる。
「やばい! 雨だ雨だ!」
「十パーセントって言ってたのに!」
「ばっかお前、十パーセントの確率で降るってことは、十パーセントの確率で雨が降るってことだよ!」
「意味不明な構文をリアルで言わなくていいんだよ!」
ふむ。雨。確かに、ちょっとぱらぱらしてきてる。通り雨かは分からないけど、本格的に降ったりもするのかな。
「コスプレって雨だと大変なの?」
『事前に知ってたら雨の用意してくるかな』
『雨の中での撮影もなかなかいいもの』
『なお嫌いな人は嫌いだよ。雨対策してなかったら機材が壊れかねないし、ウィッグとかもだめになっちゃうかもだし』
『今回みたいに唐突に降られるのはマジで害悪』
準備次第ってことかな。周囲を見てみると、予め準備してる人もいたみたいだけど、してない人の方が多いと思う。慌ててる人の方が多いから。
「屋内に避難しよっか! ほら!」
「ん。大丈夫。ちょっと待ってて」
「待っててって、どうするの?」
この人も早く避難したいんだろうけど、私のことを気に掛けてくれてる。優しい人だ。
まあ、ちょっと恥ずかしかったけど、楽しかった。だからちょっとだけ、お手伝い。
手に持った杖で地面を叩く。こつこつこつ、と三回。無理矢理晴れにするのは良くないって精霊様にも言われてるから、ちょっとした雨よけだ。
魔法陣を思い浮かべ、起動。杖の先が淡く光って、次の瞬間にはうっすら光る光の壁が頭上に現れた。壁というか、屋根?
「なに、これ」
「え? え? なにあれ?」
うんうん。みんな驚いてる。ぽかんとしてる。ちょっぴり楽しいかも。
「くせになりそう」
『リタちゃんが変態さんになっちゃう……!』
『でもなんとなく気持ちは分かるw』
『こうして見てるだけでもちょっとした優越感』
悪いことはしてないし、いいよね?
でも雨の撮影をしたいって人もいるだろうから、魔法の時間は短めにしておいた。一応、伝えておいた方がいいよね。
もう一度、杖で地面を叩く。ちょっと強めに叩くと、みんな静かになってるからか思った以上に音が響いた。みんなの視線が私に集中する。
なんだろう。ちょっと恥ずかしいかもしれない。配信だと、もっとたくさんの人が見てるはずなんだけど。
ちょっと恥ずかしいから、さっさと伝えて退散しよう。
「この魔法、三十分ぐらいで消えるから」
「え?」
「魔法? え、じゃあ、もしかして、本物……?」
「ん。ただ少し前後すると思うから、それまでに雨の用意か帰るか、してね」
呆然としながら頷いてくれる。とりあえず、伝えることは伝えたからもう大丈夫のはず。問い詰められたりするのは嫌だから、移動しないとね。
「ぎょうざ、だっけ。食べてみたい。この辺に詳しい人、教えて」
『しらね』
『俺地元。美味しい店知ってるよ。案内する』
『有能』
「ん。よろしく」
それじゃ、とりあえず姿を消して……、いやその前に。
「お姉さん」
「え、あ、あたし!?」
「ん。楽しかった。ありがとう」
「ど、どういたしまして……?」
撮影会なんていきなりでびっくりしたけど、楽しかったのは間違い無いから。ちゃんとお礼は言わないといけないと思った。
それじゃ、改めて。姿を消す魔法を使う。誰の視界にも写らなくなる魔法。仕組みはよく分からない。これも師匠の魔法だから。
私が急に消えたからか、みんなが騒然としてる。少しだけ罪悪感と、あとちょっとした優越感を覚えながら、私はその場を後にした。
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