洗浄の魔法

『リタちゃんに同じような頃があったはずだぞ』

『師匠さんが同じことを思いながら育ててくれてたはず』


「ああ、うん。よく私に、いないいないばあ、とかやってたよ。変な顔してて、ちょっと意味が分からなかった」

「え。リタちゃん、小さい時の頃覚えてるの?」

「ん。覚えてる」


 拾われてからだけじゃなくて、捨てられるまでも私は覚えてる。

 私が魔女として生きていけるのも、この記憶力が理由の一つだ。魔法使いにとって、記憶力は魔力を扱う才能と同じぐらい、もしかするとそれよりも重要な才能だから。


『記憶力もそうだけど、師匠の話がびっくりなんだけどw』

『いないいないばあwww』

『あの人、そんなことする人だったのかw』


 わりとでれでれしてたかな。さすがに私が覚えてるなんて考えてもなかったみたいだけど。

 私がその話をした時に、面白いぐらいに頬が引きつってたからね。


「さてと。それじゃ私は食器を洗ってくるから、リタちゃんはゆっくりしていってね」


 そう言って、真美が立ち上がった。


「ん? それだったら私がするけど」

「え。あ、いや。さすがにそれは……」

「すぐ終わる」


 洗浄の魔法を使うから問題ない。カツカレーをご馳走になって、アイスまでもらって、その上何もせずに帰るなんて、さすがにそれはだめだと思う。

 杖を持って、洗浄の魔法を使う。机の上の食器は一瞬だけ光に包まれて、新品みたいに綺麗になった。


「わ……。すごい。ありがとう」

「ん。こちらこそ」

「それじゃ、片付けだけしてくるね」


 真美が食器を持って部屋を出て行く。それも手伝いたいところだけど、さすがに食器を片付ける場所までは分からない。


『洗浄の魔法って便利そうやな』

『いいなあ。洗い物をしなくていいってだけでかなり助かる』

『ところでちいちゃんのお目々がめっちゃきらきらしてますが』


「ん……?」


 膝の上のちいちゃんを見てみると、こちらを見つめていた。なんだかすごく、物欲しそうというか、なんというか。


「ちいちゃん?」

「さっきの! ちいも使いたい!」

「ええ……」


 さっきの魔法って、洗浄の魔法だよね。どうしてこれなのかな。いや、私もこのあたりの、日常生活に使える便利な魔法を先に覚えたけど、それは師匠の指示だったし。


「この魔法を覚えたい理由って、何かある?」


 私の世界の人相手なら洗浄の魔法なんて少し勉強すれば簡単に覚えられるものだから、教えてあげてもいいと思える、かもしれない。

 でもちいちゃんは、この世界の住人だ。日本人だ。魔法のない世界で、魔法を教えるのは少し問題になると思う。

 だから、理由を聞いて、それでだめだと言おうと思ってたんだけど……。


「おねえちゃんがね、毎日がんばってるから」

「うん」

「少しでもちいがお手伝いしたいなって……。でも、ちいが手伝おうとしても、遊んでおいでって言われちゃうから……」

「…………。そっか……」


『ええ子やなあ』

『視聴者の妹とは思えないできた妹やで』

『おう。ここの視聴者がろくでもない奴らばかりと決めつけるのはどうかと思う。否定できんけど』

『できねえのかよwww』


 真美も、ちいちゃんには自由に遊んでほしいと思ってるのかな。まだ小さい子だしね。

 でも、二人の両親はどうしたんだろう。ちいちゃんはまだ小さいし、真美も日本で働ける年齢ではないと思う。両親がいれば、そこまでお手伝いとか意識しなくてもいいと思うんだけど。


「んー……。配信しながら聞くことじゃない、か」


 顔も知らない人たちに聞かれたくはないだろうから。


「今日の配信はここまで」


『え』

『ちょ、いきなり!?』

『リタちゃん待って!』


 待たない。配信の魔法を解除すると、すぐに光球は消えてしまった。


「ちいちゃん。お父さんとお母さんは?」

「えっとね。おとうさんは、おっきい島でおしごと! おかあさんは、ずっとおしごと!」


 うん。ごめん。意味が分からなかった。配信はやめるべきじゃなかったかも。




「お父さんは島の外というか、東京の方で働いてるよ。お母さんは、お昼前から夜遅くまで働いてるかな」


 戻ってきた真美に聞いてみたところ、そんな答えが返ってきた。


「ん……? わけあり?」

「いやあ……。どうだろう?」


 真美の家族は貧しいというわけではないけど、お父さんの収入だけだと少し厳しいらしい。だからお母さんも働いてるらしいけど、昼から夜の仕事しか見つからなかったそうだ。


「日本ではよくある共働きの家庭だよ。お母さんのお仕事の時間がちょっとずれてるだけかな。晩ご飯は一緒に食べられないけど、朝ご飯と休日は一緒にいるし」

「ふうん……」


 でも、晩ご飯とかの用意は真美がしてるってことだと思う。ちいちゃんからすると、忙しそうに見えるのかな。楽させてあげたい、とか。

 まあ、うん。それなら、教えてあげてもいいかな、なんて。初めて出会った日本人だしね。少しぐらい特別扱いしてあげたい。


「ちいちゃん。魔法、教えてあげる」

「え」

「ほんと!?」


 目をまん丸にして驚く真美と、嬉しそうに顔を輝かせるちいちゃん。真美は不安そうな表情になったけど、安心してほしい。危険な魔法を教えるつもりはないから。


「注意として、家の外で使わないこと。これを絶対に守れるなら、洗浄の魔法とか、便利な魔法を教えてあげる」

「まもる!」

「ん。ならよし」


 真美が何か言いたそうな顔をしてるけど、もう決めた。あ、いや、でもさすがに、お母さんの許可は取っておこうかな。


「お母さんがだめって言ったら、だめだからね。期待はしちゃだめ」

「う……。はーい……」


 ちいちゃんがしょんぼりしちゃったけど、聞き分けよく頷いた。とても良い子だ。なでなでしてあげよう。なでなで。


「えへへ……」

「かわいい。お持ち帰りしたい」

「やめて」


 真美に真顔で注意されてしまった。冗談なのにね。

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