第44話 僕のお姫様はかわいい

(小さな勇者視点)


 神様に選ばれた伝説の勇者シグムンドさんはスゴイ人だった。

 僕が知っている絵本に書かれている勇者はシグムンドさんがモデルなんだ。

 そんなスゴイ人が僕の先生になって、教えてくれる。


「リーナ。何か、怒ってない?」

「別に」


 シグムンド先生と一緒の時間が増えてから、リーナが微妙に怒っている気がする。

 違うなぁ。

 怒っているというよりも不機嫌なのかもしれない。

 ひょっとしたら、月に一度のアレかな?


「もしかして、あ……」

「違うわよ? そういうのではないから」


 リーナは僕が全部言わなくても何を言おうとしているのか、察したみたいだ。

 違ったんだ。

 じゃあ、何で機嫌が悪いんだろう?


 でも、表向きの態度にそれを出さないで普通でいられるのは彼女がお姫様なんだからなんだと思う。

 僕はそんな器用なことが出来そうにない。


「レオ君はずっと、そのままでいてね。そんな君が好きなの」


 二人きりの時、リーナはそう言うと僕に甘えるように頭を預けてくる。

 僕にだけ、見せてくれる顔だ。


 決して、表では出さない表情はいつもと違って、どこか頼りなくてか弱く感じる。

 僕が守るんだ! と改めて、心に誓った。

 僕は勇者だから!




 その日、僕とリーナにとって、ショックな出来事があった。

 シグムンド先生がニールニーズヘッグとガルムをヘルヘイムに返しておくべきだと言うんだ。

 先生は決して、起こしてはいけない大きな戦争が起こるかもしれないと言った。

 それを止めるべく、選ばれたのに自分は期待に応えることが出来なかったとも……。


 二人がこの島にいると戦争が起こる可能性がより高くなるみたいだ。

 リーナも最初は納得していなかったけど、「それなら、仕方がないわ」とどこか、諦めたような感情のない顔をしていた。

 あの表情は前にも見たことがある。

 僕がヘルヘイムから、島に帰ると決まった時だった。


 夜はいつものようにリーナと一緒に寝る。

 最初は何で一緒なんだろうと不思議だったのに今は彼女がいないと安心して、寝られない気がする。


 リーナが僕が寝た頃を見計らって、ベッドを離れるのも知っている。

 それが彼女の女王としての生き方なんだということも分かる。


 今日も部屋を抜け出して、行くことは分かっていた。

 ニールニーズヘッグとガルムを連れて帰るんだろう。

 リーナにとっては自分の子供みたいにかわいがっていたから、辛いと思う。


 暫くして、帰って来た彼女は何も言わない。

 ただ、僕の体にしがみつくように強く、抱き着いてくるだけだ。

 僕の腰に絡みついてくるリーナの長い脚と胸に痕を付けようとしてくる爪がまるで助けを求めているように感じられる。

 彼女は声に出さないで泣いていた。


 意地らしくて、弱々しく見えるリーナの姿がとても愛おしくて、彼女の方に体を向けて、胸にかき抱くように抱き締めてしまった。

 彼女は僕が起きていると思っていなかったのか、驚いて固まっていたけど、気にしない。


「我慢しないで泣いていいよ」


 僕の胸に顔を当てたまま、リーナは堪えきれなくなったのか、やがて声を上げて泣き始めた。

 僕はただ、優しく抱き締めながら、頭を撫でてあげることしか出来ない。


 落ち着いたリーナから、寝息が聞こえ始めた頃には僕も安心して、寝ることが出来た。

 僕も君がいないと寝られないんだって、言ったらどんな顔をするんだろう?

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