第20話 特別なのは貴方だけ

「レオはこれでいいわね」

「動きにくいよ、これ」

「礼服なの。我慢して」

「分かったよ」


 紺色に染め上げられたシャマールなのでいいところのお坊ちゃまに見えるのではなくて?

 ただし、喋らない場合ですけども。


「わたしのはどう?」


 わたしは葡萄酒を思わせる深い紅色を基調としたツィードのペチコート。

 ペチコートなだけにスカートの裾は短くて、太腿は露わになっていますし、胸元も結構、大胆に見えそうなデザインの代物ですわ。


「かわいいよ。かわいいけどさ……」

「かわいい? レオが喜んでくれて……ないわね? 何か、御不満ですの?」


 レオはちょっと口を尖らせて、何か言いたそうですわ。

 かわいいと褒めてくれたのに何か、気に入らないのかしら?


「それよりもレオ。髪をまとめるの手伝ってくださる?」

「うん。どうすれば、いいのかな?」

「アップにしたいの」


 レオに勉強させていたのはお勉強だけではなくてよ。

 一人で着替えと髪のセットをするのは大変ですから、密かに教えてましたの。

 教えてすぐの頃は髪がもつれてましたし、コルセットの紐を結ぶのも顔を真っ赤にしながらでしたわよ。

 でも、レオは手先が器用なのであっという間に習得したのよね。


「ポニーテールでいいよね?」

「ええ。レオはポニーテールが好きね」

「そ、そんなことはないよ」

「ふぅ~ん。何だか、ちょっと暑いですわね」


 アップにしないで編み込みを入れたストレートやツインテールよりも圧倒的にポニーテールにして、髪留めを付けるのが好きなのよね。

 手慣れてきて、上手なので助かるわ。


 この体勢だと後ろにレオがいるので、この角度で「暑~い♪」と胸元をわざとパタパタとすると明らかに動揺しているのが分かりますのよ?


「ねえ。リーナ。それ、外でやらないでよ」


 あら? レオが何か、怒ってません?

 声に微妙に力が入っていて、心無し低くなっているわ。


、見せないわ」

「でも、心配なんだ」

「大丈夫。、見えてないの。認識を阻害する魔法かけてるの」

「え? えー!?」


 もしかしたら、レオにも独占欲が芽生えたのかしら?

 嬉しいかも……。

 家族と同じ『好き』から、少しは変わった?

 それなら、もっと嬉しいのですけど。


「だから、心配しないで。レオにしか、見せてないんだから」

「うん」

「よし。素直でよろしい」

「何だよ。急にお姉さんぶるのはずるいや」


 立ち上がるとわたしの方がまだ、背が高いから、少しだけ身を屈めて、触れるだけの軽い口づけをお礼代わりにあげるの。

 大分、慣れてきて、鼻をぶつけたり、歯がぶつかることもなくなってきたわ。

 これ以上はちょっと、無理かしら?

 わたしとレオの関係はまだ、『好き』から進んでない気がするもの。


「このキスはお礼ね」

「う、うん」


 キスした方もされた方も恥ずかしいのがこのお礼の欠点ね……。




 準備が終わったのでいよいよ、出発ですわ。

 百貨店のある大都市ルテティアは『名も無き島』から、遥か遠く。

 それはもう分からないくらいに遥か北ですわね。

 それでもヘルヘイムよりは近いのですけど。


「そのお店はどうやって、行くのさ」

「うふふっ。簡単なのよ。こうするの」


 物入れから、取り出した魔法杖ユグドラシルを構えて、文字を書く要領で空に陣を描くのです。

 そうすると隠されていた転移門が開かれるので自由に旅が出来ますの。


「これでどこにでも行けますのよ?」

「本当? どこでも行けるなんて、スゴイね!」

「あ……え~と、どこへでもは行けないわ」


 転移は万能のようで実はどうしようもない大きな欠点がありますの。

 それは原則、行ったことがある場所にしか、転移が出来ないということですわ。


「だから、どこにでも行ける訳ではありませんの」

「そうなんだ。残念だなあ。あれ? でも、ルテティアには行けるんだよね?」

「え、ええ。行けますわ」

「リーナは行ったこと、あるんだね」

「お洒落な町なの! 行きたかったんですもの! 悪い?」

「はははっ。リーナらしいや」


 わたしらしいと認めてくれて、真っ直ぐな瞳で見つめながら、笑ってくれるのはあなただけなのよ?

 だから、あなたの前でしか、わたしはわたしでいられないの。

 ねぇ、レオ。

 わたしはあなたのことが……


「レ……」

「おーい! 俺も連れて行ってくれー!」


 邪魔されましたわ。

 何ですの? ヤってもよろしいのかしら?


「ローも行くんだ? 知らなかったよ。って、あれ? リーナ……どうしたの?」

「別に」

「リーナ、怒ってる?」


 怒ってないわ。

 君に腹を立てているのではないのよ?

 二人きりの秘密のデートが楽しみだったから……それでこんなにも心が乱れている自分自身に腹が立っているだけなの。


 大丈夫。

 わたしは大丈夫だわ。

 君に心配をかけると自分がもっと悲しくなるもの。


「怒ってないわ。ちゃんと手を繋いでいて」

「うん。分かった」

「もっと強く……ギュッとして」


 何も言わず、ただ繋いだ手に力を入れてくれて、彼の優しさと真っ直ぐな心が伝わってくるの。

 今回だけ、特別なんですからね?

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