第18話 勇者の友は砂を吐く
ネズ・イソロー視点
俺はネズ・イソロー。
仲が良い奴は俺っちのことをローと呼ぶ。
『名も無き島』で唯一にして、最高の魔法使いさ。
唯一だから、最高なのではないか?
そうとも言うが、ちっちゃなことを気にしてはいけないよ?
なぜなら、俺は
何? ネズ一族を知らない?
では説明しよう。
じっちゃんはネズ・ヘー。
究極の格闘術『鼠流魔拳』の創始者で立派な前歯を使って、数々の悪者を倒した伝説の人なんだよ。
鬼神のような強さのネズ・ヘーだから、略してオニヘーと呼ばれていたほどに凄い。
俺が生まれた頃には既に故人だったのが残念なところだよ。
じっちゃんから、色々と話を聞きたかったよ。
俺には五十五人の兄姉と四十四人の弟妹がいるけど、じっちゃんに会ったことがあるのは両手の指くらいの数の兄ちゃんだけらしい。
彼らと俺の年齢差は下手な親子よりも離れている。
じっちゃんとはいえ、もはやベールに包まれた伝説の人扱いなのは分かってもらえただろ?
そんなネズ一族なのだよ。
どうだい? 凄いだろう。
何? それなら、戦士になるのが普通ではないか?
そうとも言うね。
俺に肉体労働は向いていなかったんだよ。
頭脳労働こそ、俺にふさわしいのさ。
俺には九十九人の兄弟姉妹がいるが、それよりも大事な存在の弟分がいるんだ。
俺がまだ、小さい頃だった。
島に人間の赤ん坊が流れ着いた。
島のリーダーであるセベクさんに育てられた
今では俺と同じくらいの背に成長したレオだが、未だに俺のことを実の兄のように慕ってくれる。
実に真っ直ぐで素直過ぎて、心配になるくらいにいいヤツなのだ。
しかし、ある日、セベクさんから秘密の用件で呼び出された俺は愕然とした。
あのレオにお嫁さんがいるらしい……。
悪い冗談だと思ったが、セベクさんは冗談を言う人ではない。
グレイヴンは短命で早婚早産の種だから、俺くらいの年ともなると婚約者どころか、嫁がいるのが当り前だったりするんだが……。
俺にはいないんだよ。
俺の凄さを分かってくれるのがレオとピーちゃんくらいしかいないから、しょうがないんだがね。
つまりだね。
俺にすら、いないのに何でレオにいるんだよという話しさ。
セベクさんは押しかけ女房のようにやってきたレオの嫁の様子が心配でしょうがないようだ。
どこから、やって来た嫁か、知らないが強くて、優しいがあんなに小っちゃいレオに惚れて遠いところから、やってきたなんて余程の物好きの変な娘なんだろう。
「俺にお任せください」
魔法使いである俺にもっとも向いている極秘任務だ。
密かにレオとその嫁を監視して、その様子を報告すること。
簡単じゃないか。
二人が森に向かった。
これはじっとしている訳にはいかないよ。
どれどれ、どんな年増のおばちゃんが押しかけて来たのかね?
「いやいや、おかしいだろ」
アレは人間でいうところの美少女という生き物なのではないか?
セベクさんも確か、どこかの姫さんと言っていたか。
見たまんま、物語に出てくるお姫様じゃないか。
おいおい。
どういうことなんだよ。
魔法を発動させ、二人の周囲の音を聞いてみることにしよう。
一瞬、姫さんが俺の方を刺すような視線で睨んできたように感じたが気のせいだよな?
何とも言えない凍えるような錯覚を……気のせいだ、問題ない。
自分に言い聞かせながら、監視を続ける。
普段はもっとクリアな音質で音が届けられるのにおかしいなあ。
断片的にしか、聞こえないのが逆に気になってしまうぞ。
奇跡? キス?
何の話をしているんだよ。
姫さんも距離感おかしくはないか?
勉強を教えるにしてもそんなぴったり、くっついては教えないもんだよ。
顔が近い!
何をする気なんだよ?
まさか、レオ! 早まるな。
お前はまだ、こっちの人間だろう?
嘘だと言ってくれよ、レオ!
やりやがった……。
おこちゃまなのにやりやがったんだ、あいつ。
された姫さんも何て、顔をしてるんだ。
羨ましくなんて、ないんだぞ。
おい。
待て。
何かい、やる気なんだよ?
お前ら、まだ子供だろー。
舌を入れるな、舌を!
姫さんまで舌を入れるな!
ち、ちっくしょー! 覚えてやがれよ。
砂を吐くというのは本当なんだなあと目から、汗を垂らしながら、俺はとぼとぼとセベクさんへの報告に戻るのだった……。
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