第16話 キスから始まる二人の物語
レオと恋人同士のように手を繋いで向かうのは近くの森です。
獣の気配すら、あまりない静かな森なので勉強にはもってこいの環境と言えますの。
などというのは建前ですわ!
誰にも邪魔されないでレオを独占するのに最高の環境でしてよ。
丁度いい切り株を机の代わりにして、椅子を物入れから、取り出しました。
わたしの物入れはとても便利なの。
亜空間に通じているのでほぼ何でも収納出来るんですもの。
ただ、欠点がありましてよ。
取り出す時にどこに何が入っているのか、分からないから、散らかることかしら?
「では始めますわ」
「何で眼鏡をかけたの?」
「その方が賢く、見えるでしょう?」
「リーナはスゴイよ。女王の儀式の時もカッコよかった」
「そ、そう? なら、やめるわ」
レオにそう言われただけで眼鏡を外すわたしがダメなのではなくてよ?
あの真っ直ぐな瞳が嘘をつくはずがないもの。
きっと眼鏡をかけていないわたしの方がかわいいということですわ♪
「まずはこの絵本から、始めるわ」
「うん、分かった。あるところに……」
信じられない大きな力を発揮して、わたしを守ってくれたレオですけど、何と字が読めませんの。
当然のように書くのも無理なのです。
自分の名前すら、書けないのはさすがに困るでしょうし……。
それにレオだって、読み書きが出来るようになれば、もっと視野が広がると思いますわ。
ですから、小さな子供でも読める簡単な絵本から、始めることにしたの。
「おーじがきすをするとおひめさまがめをさましました」
ここまでくるのがどれだけ、大変だったか。
どうにか、簡単な文字までは読めるようになったのですわ。
「ふーたりはずっとしあわせにく……くらしました?」
「全部、読めたわね。すごい進歩よ」
「ありがとう、リーナ」
嬉しそうに絵本を読み進めるレオを見ていると教えて良かったですわ。
でも、これも全て、わたしの壮大な作戦ということに彼は気が付いてませんのよ。
「レオ。次はこの絵本がいいと思うの」
最初に見せた絵本は『呪いで眠りについたお姫様が助けに来た王子様のキスで呪いから、解かれて目覚める』という典型的なロマンス物ですわ。
レオはきっとキスが気になっているはずなの。
不思議な力があると思っているかもしれませんわ。
そこで次の絵本は『邪悪な竜に攫われたお姫様を勇者が助けて、二人は結ばれました』でしてよ。
この二段構えがあれば、いくら鈍感なレオでも気が付くわ。
「うん。分かった!」
アピールする為にもレオの隣にぴったりと椅子を近付けて、息を感じられる距離まで近づいているのですけど。
レオったら、集中しすぎですわ。
わたしがいることを忘れているみたい。
「ねー、リーナ」
「ひゃっ!?」
急にレオが顔をこちらに向けるから、危うく事故でキスしかけましたわ。
危なかった……。
事故でファーストキスは嫌ですわ。
「キスって、何だろう?」
ほらほら、来ましたわ~♪
気になっていたのね。
わたしの思惑通りに進んでくれる素直なレオに感謝ですわ~。
「挿絵があったでしょう?」
「あったけど、何であれで不思議な力が出るんだろう。分からないや」
「レオにはキスが何をしているように見えたの?」
「唇と唇をくっつけているだけじゃないかな」
うふふふっ。
レオはわたしの罠にかかりましたわ。
「違いますわ。ただ、唇を合わせただけでは奇跡は起こりませんの。強い思いを込めて、唇を合わせたら、奇跡が起きますの」
「そうなんだ。そんなことが本当に起きるのかな?」
完全にかかったわ♪
こうなったら、もう逃がさないわ。
見つめ合っていて、目の前に唇がありますのよ?
どうするのか、分かりますでしょう?
「奇跡は起こすものよ? ねぇ、レオ。試してみたくはない?」
「試す? え? どういうこと?」
まさかの分からないですわ!
どうなっているのよ、レオ。
ここまでお膳立てをしても気が付かないなんて、あまりにも純粋過ぎませんこと?
「だからぁ……そういうのは女の子から、言うものではなくてぇ」
自分から、話を持ち掛けるという案を考え付いておいて、いざ実行しようとすると恥ずかしくて、仕方がないのですけど……。
キスをしたことなんて、ないんですもの。
それなのにレオをリードして、キ、キ、キスとか、絶対に無理ですわ。
「リーナは僕とキスがしたいってこと?」
「!?」
えぇ? あら?
おかしいわ。
レオがわたしの頬に手を添えてきて、顔が固定されて。
彼の顔が目の前にあって、唇が僅かに触れました。
ほんのちょっとだけ、触れる程度の僅かな睦み。
「これでいいのかな?」
レオの顔は上気したように赤くなっていて、照れているのか、妙にはにかんだ笑顔を浮かべていました。
見ているだけで癒されて、心が満たされていく気がして。
ダメ。
もっとして欲しいなんて、言えない。
「ダメ……」
「え? ダメなの? よく分からないよ」
わたしの言葉に今度は一転して、しょげるところが彼の素直なところ。
だから、大好きなの。
今度はわたしがレオの頬に手を添えて、はっとした顔になった彼の唇に触れるようにキスをしました。
「もっとして欲しいの……あっ゛」
「えー!?」
つい心の声を言ってしまいましたわ。
大失敗ですわね。
お互いに顔が熟れた果実みたいに真っ赤に染まっていて、見つめ合いながら、恥ずかしがる妙な雰囲気になりました。
「いいの?」
「うん……」
でも、意地を張るのはやめて、ちょっとだけ素直になることにしましたの。
「奇跡は起きるのかな?」
「レオ君がわたしのことをもっと好きになってくれたら、起こるわ」
「そうなんだ? 頑張るよ。リーナは僕のこと……」
「好き……大好きよ」
おかしいわ。
レオの勉強のはずだったのに二人でキスをする勉強になってますの。
今はまだ、レオの中の一番になってなくてもきっと、一番になってみせるわ。
「ふぇ……んっ」
あら?
レオの舌が口の中で暴れていて……このキス、癖になってしまうかも。
彼を確かに感じるわ。
離れていく彼の唇にはわたしが薄く、引いていた紅がついていて。
わたしはレオとキスをしたのね。
「レオはわたしのこと……」
今度はわたしから、レオの唇に触れたの。
彼に付けた紅を消すように舌を這わせると彼の目が驚きで丸くなっているのに気付いた。
姫だって、これくらいのことは出来るのよ?
「……好きだよ」
「レオのバカぁ。君の好きは違うじゃない」
呟きが聞こえなくて、良かったかも。
「好きだよ」と言ってくれるあなたの顔には何の迷いも見られなくて、とてもきれいだったから。
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