第9章〜To Love You More(もっとあなたを好きになる)〜⑤

 自宅に戻る、と言い残して立ち去った天竹葵が、再び放送室に戻ってきたのは、正午を三十分近く過ぎた頃だった。


 彼女が放送室を離れたあと、壮馬は、自分なりに竜司と四葉の言動から感じていた違和感について、一つずつ整理していた。


 自宅と学園との距離を急いで往復したためか、小柄で体力がありそうには見えない葵は、肩で息をしており、疲労の色がうかがえる。


「お疲れさま、天竹さん。天竹さんが言ってた小説のタイトルを検索してみたよ。この『23分間の奇跡』に、白草さんが言ってたセリフが出てくる、ってこと?」


 彼女を気遣った壮馬が、ゆったりとした口調でたずねると、


「は、はい……そうです」


 彼女は、大きく息を吐き出しながら答え、一冊の文庫本を彼に手渡した。


「じゅ、十八ページを開いてください……」


 葵の一言に反応して、ページを開いた壮馬は、そこに書かれているテキストに目を落とす。

 そこには、葵が指摘したように、たしかに、白草四葉が語った言葉が、一字一句、相違なく記されていた。


 その文字列を確認した壮馬は、「なるほど……」と、つぶやいたあと、


「ボクなりに調べたんだけど、この小説って、学校教育の……いや、もっと踏み込んで言えば、マインド・コントロールの恐ろしさを描いた物語、という解釈であってる?」


 ネット検索して得た情報を葵に確認すると、彼女は、ようやく息を整わせて、


「そうです……なぜ、白草さんが、そのセリフを口にしたのかは、わかりませんが……私には、その言葉を肯定的な意味で考えることはできません」


「すると、白草さんは、やっぱり、なんらかの意図をもって、竜司を説得に掛かったって、ことだよね……?」


「そう考えるのが自然だと思います。他に黄瀬君の方で気付いたことはありませんか?」


 壮馬は、「う〜ん……」と、思案するようにうなったあと、


「これは、確証を持って言えることではないんだけど……」


と前置きしたうえで、言葉を続けた。


「天竹さんが、戻ってくるまでに、竜司と白草さんの関係について、ボクが感じたことを整理してみたんだ……。もしかしたら、竜司と白草さんは、以前から知り合いだったんじゃないかな?」


 これまでに、引っかかりを覚えた四葉や竜司の言動について、一つずつ思い出しながら、壮馬は語る。


「彼女が、竜司のお母さんの得意な手作りのアップル・パイのことを知っていたり、普段はテレビのバラエティ番組なんて見ない竜司が、彼女の歌唱力について、良く知っているような口ぶりだったり……いま思えば、ボクが感じていた不思議な違和感も、そう考えれば、説明ができるんだよね……」


「なるほど……転入してきた日からの白草さんの黒田君への距離の詰め方を考えると、さっき、黄瀬君から聞かせてもらったお話しも含めて、その可能性はありそうですね」


 納得したように葵がうなずいた瞬間、壮馬のスマホに、LANEのメッセージが着信した。


==============


放送室の準備は順調か?

こっちの準備は万全だ!


シロ草の方も、今日の舞台で


「歌詞にタップリと気持ちを

込めて歌わせてもらう」


と、気合い十分だったぜ(笑)


==============


 メッセージは、自分たちパレード&コーラス組の準備が整ったことを知らせる竜司からのものだった。

 さらに、続けて、壮馬のスマホが振動し、


==============


オレも覚悟を決めた。


サプライズ楽しみにしててくれ


==============


という追加メッセージが届いた。

 そのメッセージを目にした壮馬は、そばにいた葵に、自身のスマホの画面を見せる。


「天竹さん、どう思う? 竜司のことは別にして、ボクには、白草さんが語ったらしい『』という言葉が、スゴく気になるんだけど……」


「私もです! 『歌詞に気持ちを込めて』ですか……黄瀬君! 白草さんは、今日なんの歌を披露する予定なんですか?」


 壮馬の疑問に応じた葵は、彼に質問を返した。


「白草さんの昔からのお気に入り曲らしいアヴリル・ラヴィーンの『Sk8er Boi』と、彼女が地上波放送に出演した時に歌ってたセリーヌ・ディオンの『To Love You More』だね……念のため、歌詞を確認してみる?」


 葵の質問に答えた壮馬は、彼女の返答を待たずに、手元のクロームブックのブラウザを起動し、


・Sk8er Boi 歌詞

・To Love You More 歌詞


と、検索ワードを打ち込み、ヒットした動画を再生させると、アヴリルのライブシーンとともに、歌詞の和訳が表示。



 ♪ He was a boy 彼は少年で

 ♪ She was a girl 彼女は少女だった

 ♪ Can I make it anymore obvious? これ以上言えることは何もないわ


 ♪ He was a punk 彼はおちゃらけてて

 ♪ She did ballet 彼女はバレエを習ってた

 ♪ What more can I say? これ以上何が言えるの?


 ♪ He wanted her 彼は彼女を自分のものにしたくて

 ♪ She'd never tell 彼女は言わなかったけど

 ♪ Secretly she wanted him as well 本当は彼を自分のものにしたかったのよ


 ♪ But all of her friends でも彼女の友達みんな

 ♪ They stuck up their nose 口出ししてた

 ♪ They had a problem with his baggy clothes だって彼のだぼだぼの服を嫌っていたからね


 ♪ He was a Sk8er Boi 彼はスケーターボーイで

 ♪ She said, "See ya later boy!" 彼女は「またあとでね!」って言った

 ♪ He wasn't good enough for her 彼は彼女に釣り合っていなかったのよ


 ♪ She had a pretty face 彼女はかわいい顔をして

 ♪ But her head was up in space でも頭の中はお花畑だった

 ♪ She needed to come back down to Earth 地に足をつけるべきだったわね


 ワン・コーラス目を聞き終えると、壮馬は苦笑しながら葵に語りかける。


「そっか、スケーター・ボーイは、女の子に振られちゃうんだ……なんだか、このシチュエーションって、竜司と紅野さんみたいだね」


 クラスメートの問いかけに、彼女も「そうですね……」と、つぶやいたあと、同じく苦笑で返答する。


「私は、ノアに面と向かっては、忠告しませんけど……あと、彼女の頭はお花畑なんかじゃありません」


 ♪ Five years from now 5年後

 ♪ She sites at home 彼女は家で座りながら

 ♪ Feeding the baby 赤ちゃんにご飯をあげてた

 ♪ She's all alone 一人きりで


 ♪ She turns on TV テレビをつけたら

 ♪ Guess who she sees 何を見たと思う?

 ♪ Sk8er Boi, rockin' up MTV 音楽番組で歌うスケーターボーイよ


 ♪ She calls up her friends 彼女は友達に連絡したわ

 ♪ They already know そしたらみんな知ってたの

 ♪ And they've all got tickets to see his show 彼のライブチケットも持ってた


 ♪ She tags along 彼女はこっそりあとをつけたのよ

 ♪ But stands in the crowd でも人ごみの中で立ちすくんだ

 ♪ Looks up at the man that 見上げながら

 ♪ She turned down 自分で振った男をね


 ♪ He was a Sk8er Boi 彼はスケーターボーイで

 ♪ She said, "See ya later boy!" 彼女は「またあとでね!」って言った

 ♪ He wasn't good enough for her 彼は彼女に釣り合っていなかったのよ


 ♪ Now he's a superstar 彼は今じゃスーパースターで

 ♪ Slammin' on his guitar ギターをかき鳴らす

 ♪ Does your pretty face see what he's worth あなたのそのかわいい顔は彼の魅力に気づいたのかしら?


 ♪ He was a Sk8er Boi 彼はスケーターボーイで

 ♪ She said, "See ya later boy!" 彼女は「またあとでね!」って言った

 ♪ He wasn't good enough for her 彼は彼女に釣り合っていなかったのよ


 ♪ Now he's a superstar 彼は今じゃスーパースターで

 ♪ Slammin' on his guitar ギターをかき鳴らす

 ♪ Does your pretty face see what he's worth あなたのそのかわいい顔は彼の魅力に気づいたのかしら?


「スケーター・ボーイは世界的スターになったんだ……竜司が、そうなるとは思えないけど(笑)それに、なんだか、お説教が始まっちゃったね……」


 楽曲の終盤に近づき間奏に入ったところで、壮馬は再び葵に語りかける。


「そうですね……なんだか、上から目線で、私はあまり好きになれない歌詞ですけど……」


 しかし、その後の歌詞で、ふたりのこの楽曲に関する認識が一変した……。


 ♪ Sorry gril, but you missed out ごめんなさいねお嬢さん、でもあなたは彼を捨てたのよ

 ♪ Well, tough luck that boy's mine now 残念ね、今は私のものなの

 ♪ We are more than just good friends 友達以上の関係でね

 ♪ This is how the story ends これがおとぎ話の結末よ


 ♪ Too bad that you couldn't see 気づけなかったのはとても残念ね

 ♪ See that man the boy could be 少年がどんな男性になるのかを

 ♪ There is more than meets the eye 目が合う以上に

 ♪ I see the soul that is inside 私にはその奥にある彼の魂が見えるわ


 ♪ He's just a boy and 彼はただ純粋で

 ♪ I'm just a girl 私も幼かった

 ♪ Can I make it anymore obvious これ以上言えることは何もないわ


 ♪ We are in love 私たちは恋に落ちた

 ♪ Haven't you heard 聞いたことない?

 ♪ How we rock each other's world 私たちがどんなに最高かを


 ♪ I met the sk8er boi スケーターボーイに会って

 ♪ I said, "See ya later, boy!" 「またあとでね」って

 ♪ I'll be backstage after the show ライブが終わったら楽屋に行くの


 ♪ I'll be at the studio スタジオに行って

 ♪ Singing the song we wrote 彼と作った曲を歌うの

 ♪ About a girl he used to know 彼が知っていた女の子の歌よ


 ♪ I'm with the sk8er boi スケーターボーイは私のもの

 ♪ I said, "See ya later, boy!" 「またあとでね」って

 ♪ I'll be backstage after the show ライブが終わったら楽屋に行くの


 ♪ I'll be at the studio スタジオに行って

 ♪ Singing the song we wrote 彼と作った曲を歌うの

 ♪ About a girl he used to know 彼が知っていた女の子の歌よ


「めっちゃ、マウント取るやん!?」


 歌詞を最後まで聞いた壮馬が、思わず地方言語を交えてツッコミを入れる。


「三人称で過去のことを歌ってる内容なのかと思ったら……こんなオチが待ってるなんて……私、やっぱり、この曲は好きになれません……」


 葵は、歌詞に対する自らの想いを率直に述べる。

 そんな彼女に、素早くネット検索を行ったクラスメートが、この楽曲に関する情報を追加する。


「この曲は、アヴリル・ラヴィーン自身が17歳のときに作ったんだって……ボクらとほぼ同じ年齢で、こんな歌詞を描いて世界的な大ヒット曲にする才能もスゴいけど……それ以上に、並々ならない情念の強さを感じるよね……白草さんは、なにか、この曲にシンパシーを感じるところがあったのかな?」


 壮馬は、四葉が友人に語ったという「」という言葉を思い出しながら、文芸部の代表者に語りかける。


 葵も、彼の一言にハッとしたような表情でうなずいた。

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