第9章〜To Love You More(もっとあなたを好きになる)〜④
竜司や四葉が、それぞれの場所で午後の本番に向けての最終リハーサルに打ち込んでいる頃、放送室に女生徒が訪ねてきた。
「天竹さん、放送室まで来てもらって、ゴメンね。なにしろ、時間がなくて……」
壮馬が、そう言って招き入れると、葵も、済まなさそうに返答する。
「こちらこそ、申し訳ありません。忙しい時に、放送室にお邪魔しちゃって……」
「天竹さんが入室することは、ウチの部長にも許可を取ってるから気にしないで! それに、天竹さん達と約束をしたあと、情報交換が出来ていなかったから……気になることがあるなら、なんでも話してくれない?」
壮馬が穏やかな口調でうながすと、葵は、ゆっくりとうなずいて、
「では……この一ヶ月ほどの白草さんと黒田君のようすで変わったことがなかったか、聞かせてもらえませんか?」
と、切り出した。
その一言に、「う〜ん……」と、唸った壮馬は、
(さて、どこまで話したものか……)
と、思案する。
しかし、結局、自分が気になっていることを葵と共有するためには、自身の持っている情報を彼女に提供しなければならないだろう、と結論を出した。
そして、これまでの経緯を整理しつつ、言葉を選びながら、葵に返答する。
「実は、ボクも竜司と白草さんには、気になっていることがあって……そのことについて、天竹さんにも相談……というか、聞いてもらいたいことがあるから、ボクの方で知っていること、認識していることは、すべて話しをさせてもらおう、と思う」
壮馬は、落ち着いて、言葉を選びながら、相談の依頼主に確認を行う。
「ただし……これは、今日のオープン・スクールで午後に予定しているイベントの内容にも関わってくることだから……他の人に伝えたり、SNSでネタバレをすることは、やめてほしい……」
彼が、慎重な口調で語ると、葵も同級生の出した条件に同意した。
「わかりました。もともと、《トゥイッター》などで情報発信をするつもりはありませんし……どのみち、私ではSNSで情報拡散するにしても、ネット上の伝達力が弱いでしょうし、ノアともマーチングの演奏が終わるまで連絡が取れないでしょうから、その点は、安心してください」
彼女の返答に満足した壮馬は、「ありがとう」と謝意を述べて、この一ヶ月ほどの間、自分が見聞きしたこと、白草四葉と黒田竜司が企画した計画について、なるべく、客観的かつ細かく葵に語って聞かせた。
壮馬の話しを黙って聞いていた彼女は、彼の話しが終わると、
「それで、黄瀬君も、黒田君がノアにサプライズ演出で告白することに賛同したんですか? 黄瀬君は、こういう目立つことを、あの子が好むと思いますか?」
と、たずねてきた。
その口調は、落ち着いたものでありながら、静かな怒りを感じる。
「ゴメン……積極的に賛成したわけじゃないけど……この企画を進めようとする二人を止めるだけの説得力を持った反論が出来なかったんだ……」
「私に謝らずに、ノアに謝罪してください!」
壮馬の言葉に、葵は珍しく声を張って、反論する。
しかし、彼女は、すぐに思い直したように、同級生男子に問いかけた。
「すみません、黄瀬君。黄瀬君に責任があるわけじゃないのに……ただ……もしも、今回のことで責任を感じているなら、私の提案を受け入れてくれませんか?」
いつも以上に真剣な表情で語る葵の言葉を受け止めながら、壮馬は質問を返す。
「提案……って、たとえば、どんなこと?」
「それは、また状況が落ち着いてから、話しをさせてください」
葵は壮馬の問いには明確に答えず、
「ところで……」
と、彼女が、もっとも疑問に感じていることを口にした。
「黒田君は、今日、本当にノアに告白するんですか? あの子から聞いた話しでは、最近の黒田君は、白草さんと仲が良さそうに見える、ということなんですけど――――――」
葵の言葉に、当初はヘコんでいた壮馬が、今度は彼女の言葉に食い気味に反応する。
「やっぱり、そう感じてる人も居るんだ!――――――って、それが、当事者の紅野さん自身……?」
「白草さんの最近のSNSの投稿は、黒田君や黄瀬君と一緒にいることをアピールするものも多かったみたいですから……見る人が見れば、アレは一種の『匂わせ』投稿だ、と感じるんじゃないですか?」
葵の言葉は、どこか険のある言い方にも聞こえるが、壮馬は自分は無関係である、と主張するべく、自身の見解を伝える。
「ボクは、白草さんと二人で写真を撮ったりはしてないからね……あっ! でも、竜司は……」
自分の言葉に、葵がうなずいたのを確認すると、壮馬は続けて、彼自身が感じていることを述べた。
「たしかに、疑問に感じるよね……? あえて、SNSを通じて、竜司と白草さんの仲の良さをアピールするのも、計画のうちなのかな? ただ、それでも、いままで理論的に『告白を成功させる方法』を説いてきた白草さんが、今回に限って、あえて確実とはいえない方法を推奨してきたことが気になるな……」
「白草さんは、どうして、こんなサプライズを仕掛けよう、と考えたんでしょうか?」
「それは、恋愛アドバイザーとして、注目を集めることが目的だったんじゃないか、とは思うんだけど…………でも、やっぱり、動画の企画者としては、最初にアドバイスをした教え子の告白は、手堅く成功させる方法を取るべきだよね? 彼女が、これまで竜司とボクに話してくれた理論からすると、このサプライズ企画は、どう考えても筋が良いとは言えない――――――」
「黄瀬君のお話しからすると、一度は、黒田君が今日の企画に尻込みしたんですよね? その時、彼女――――――白草さんは、どんな風に彼を焚き付けたんですか?」
「それは……竜司が、自分の想いが相手に伝わるか不安に感じていることを白草さんが見透かしていて……そのあと、彼女のお母さんが好きなドラマの原作小説のセリフを引用して、竜司を説得したんだ。たしか、タブレットにメモを取っていたハズだから、ちょっと待って!」
そう言ってから、壮馬は、スマホを手にして、アカウントごとにデータの同期ができるメモアプリを起動し、メモの内容を口にする。
「『なにごとでも、進むみちさえわかれば、こわいことなんてないのよ。こわい、と思うのは、自分のせいなのね』だって。良いセリフだと感じたから、メモしてたんだ」
壮馬が、セリフを読み上げた瞬間、天竹葵の身体がビクッと大きく反応した。
「黄瀬君、そのセリフ、間違いないですか!?」
これまで以上に真剣な表情で問う葵の迫力に気圧されながらも、壮馬が
「う、うん……間違いない、と思うよ……」
と答えると、葵は腰掛けていた椅子からガタンと立ち上がり、
「黄瀬君、私、一度、自宅に戻ります!」
と焦燥感に駆られるように、身支度を始める。
「ちょ、ちょっと待ってよ、天竹さん! いったい、なにがわかったの?」
「すみません! 説明している時間がないので……! もし、午後までの準備中にお時間があったら、『23分間の奇跡』というタイトルの小説を検索しておいてくれませんか?」
葵は、それだけを言い残して、慌ただしく放送室を出て行った。
壮馬が、イベント本番に向けての準備をしながら話しを進めていたため、二人の会話が終わる頃には、葵が放送室に来訪してから、たっぷり一時間以上が経過していた。
(天竹さんが、あんなに慌てるのなんて、初めて見たかも……いったい、なにが、そんなに気になったんだろう……?)
壮馬は、そんなことを考えながら、去り際に葵が語った小説のタイトルをスマホで検索する。
すぐに、WikipediaやAmazonのページがヒットした。
ただ、作品の内容に触れているレビューやコメントは比較的長文であることが多いことがわかったため、スマホの小さな画面で読むよりも、タブレットPCの画面で閲覧するほうが読みやすい、と判断して、手元のクロームブックで同じワードを打ち込んだ。
あらためて、ネット上の百科事典や書籍通販サイトの書評などを確認する。
そのいくつかのテキストを目にした壮馬は、
「こ、これは……」
と、思わず、口に出してしまう。
(白草さんの言ったあのセリフが、この作品の中で語られていることだとしたら……)
彼にも、葵が焦っていた理由が、ようやく理解できはじめた。
そして、冷や汗が背中を伝うのを感じた――――――。
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