回想③〜白草四葉の場合その2〜捌

【レッスン3】


「洋楽に限らず、音楽にとって大事なのは、リズムと音程なんだけど……英語のうたを歌う場合は、とにかく、リズムが大切だと考えて! カラオケなら、音程が少しくらいハズれても、リズムがあっていれば、カッコ良く聴こえるから! いま言った『レット・イット・ゴー』も、『Let it be…』も、書かれている文字のとおりに、♪レット・イット・ゴーとか、♪レット・イット・ビーって歌おうとすると、全然リズムにノレないでしょ?」


「たしかに、そうだな……」


「そして、リズムを取るのに、もう一つ大事なのは、ライムを意識すること」


「ライム……って、なんだ? 果物のことか?」


「違う、違う! ライムは、日本語で言うと韻を踏むってことなんだけど……。これは、直接、音楽を聴いてもらう方が早いかもね」


 そう言ってから、わたしは、用意していた二つ目の動画をスマホで再生させる。

 今度の動画は、クリスマスソングの『Winter Wonderland』だ。


「季節外れの曲だけど、まずは、この曲を聴いてみて。その後に、歌詞を確認してもらうから」


 曲を再生したあと、スマホでネットブラウザのアイコンをタップし、ブックマークしていた『Winter Wonderland』の歌詞が書かれたサイトを表示させる。


「この英語の歌詞を見て、気付いたことはない?」


 クロもわたしも、学校で英語を習っているわけではないが、ローマ字は授業で学習済みのハズなので、アルファベットを文字として認識できれば、回答することは、さほど難しくないハズだ。


 ♪ Sleigh bells ring, are you listening?

 ♪ In the lane, snow is glistening

 ♪ A beautiful sight,

 ♪ We're happy tonight

 ♪ Walking in a winter wonderland


 ♪ Gone away, is the blue bird

 ♪ Here to stay, is the new bird

 ♪ He sings a love song,

 ♪ As we go along

 ♪ Walking in a winter wonderland


「え〜と……」


クロは、しばらくスマホの歌詞の画面を凝視したあと、


「一行目と二行目、三行目と四行目は、それぞれ同じ文字で終わってるな。あと、六行目と七行目、八行目と九行目もセットだ……」


「正解! そのとおり! 『よく出来ました』のシールをあげるね」


「いや、それはいらね〜よ。けど、同じ文字がセットになってるのが関係あるのか?」


「そう! それが、ライム! ちょっと、歌ってみるから、良く聴いてみて」


 わたしは、そう言ったあと、再び動画を再生し、英語の韻を強調するように歌い、クロにライムを意識してもらうよう心がけた。


「ふ〜ん、良くわかった。なんとなく、テンポが良くてカッコ良く聴こえるな」


「でしょう? 英語の曲がカッコ良く聴こえるのは、このライムでリズムを取ってるからなんだ。あとで確認してもらうけど、クロが歌う予定の『Twist and Shout』も、ライムがあるから意識して歌ってみて」


「そうなのか……でも、シロ、良くこれだけ色々なこと知ってるな。ボーカル教室って、そんなことまで教えてくれるのか?」


「うん……全部、教室の先生が言ってたことなんだけどね……」


 尊敬の眼差しを向けてくるクロの視線に照れたわたしは、はにかみながら、人差し指で、ほおを掻いて答える。


「それでも、スゲ〜よ……シロは、教えるのが上手いんだな……家庭教師とか、塾の先生とか向いてるんじゃね?」


「う〜ん、教えるのが上手かどうかはわからないけど……わたしの話しをクロに聞いてもらうのは、楽しいよ」


「なら、《ユアチューバー》とかになって、歌の練習方法を教える動画をアップしてみたら? いや、こういうのって《ミンスタ》の方が良いのかな? でも、まだアレは動画の配信サービスはなかったか……?」


 独り言のようにつぶやく彼に、わたしは、


「クロも、色々と詳しいんだね……考えておくよ」


と笑顔で答えて、基礎的な講義を終えることにした。


 そのあと、予告どおり、『Twist and Shout』の動画を何度も流し、クロの耳を頼りに歌詞を書き取る作業をしてもらい、仕上げは、英語の母音と子音の発音の使い分けを解説した動画で、発音の練習を行い、この日のレッスンは終了した。


 レッスンが終了したあと、一日目の成果を確認するため、クロにカラオケで『Twist and Shout』を歌ってもらう。


 前の日までは、つたない発音で、リズムもハズレがちに歌われていた楽曲は、講義と発音練習のおかげか、十分に聞けるレベルにまでなっていた。


 この調子でレッスンを続ければ、テレビに出ても問題ないレベルまで到達することは難しくなさそうだ――――――。


 空調を効かせていたカラオケ・ルームだったが、懸命にレッスンに励むクロの額や首筋には、薄っすらと汗が滲んでいた。その姿に、わたしは、胸が熱くなるのを感じていた。


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