回想②〜白草四葉の場合その1〜玖
《聖地巡礼》の予定を切り上げ、わたしたちは、クロの自宅に向かう。
祝川から、彼の自宅に向かう途中、わたしがお世話になっている伯父夫婦宅の近所を通りかかった。
「わたしの伯父さんの家、この近くなんだ」
自転車を漕ぎながら言うわたしに、
「なんだ、オレの家から遠くないじゃん! 集合場所は、《みくる池》にしなくても良かったな」
と、クロは笑いながら言う。
彼の言った通り、祝川から自転車で十五分ほど西に進み、芦矢川を越えると、程なくしてクロの自宅に到着した。
幹線になっている市道から北側に入ったその場所は、伯父の家から、さほど離れていない地域なので、閑静な住宅街といった街並みは、大きく変わらない。
クロは、二階建ての落ち着いた雰囲気の自宅にわたしを招き入れると、玄関そばの階段を二階へとあがって廊下を左に曲がり、突き当りの洋室に案内してくれた。
九畳ほどの広さの部屋は、彼の言ったとおり、防音設備がなされているようで、少し薄暗く、桜が咲き始める時期にしては、少し蒸し暑さを感じる。
照明のスイッチを入れ、部屋を明るくしたクロは、初めて男の子の家に招かれて、緊張するわたしに、
「飲み物、持ってくる! グレープジュースでイイか?」
と、たずねてきた。
「うん……」
戸惑いながら返事をするわたしを残して、クロは、サッサと階下に降りていく。
残されたわたしは、所在なさを感じながら、その感覚を振り払うように、部屋を見渡す。
室内には、質の良さそうなソファーに、五十インチほどの大型テレビと五台のスピーカー、そして、ゲーム機のプレイステーション3が置かれていた。
クロが言うには、カラオケ・ルーム(?)を準備したお父さんは、あまりこの部屋を使う機会がなかった、とのことだったが、たしかに、人の出入りが少なそうな雰囲気が漂っている。
洋室の観察を終えて、再び手持ちぶさたな気持ちになりながら、
(この大きなテレビでゲームをするのかな?)
などと考えていると、
「お待たせ……!」
と言いながら、お盆の上に二つのグラスと100%果汁のグレープジュースの入ったペットボトルを載せたクロが戻ってきた。
彼の帰還に安心し、「おかえり!」と、元気よく返答しつつ、
「クロ、洗面所で手を洗わせてくれないかな?」
と、聞いてみる。
「あぁ、いいぜ! 廊下をまっすぐ進んだところに、二階の洗面所があるから使ってくれ!」
即答で返事をするクロだが、わたしには気になることがあった。
「ちなみにだけど……クロ、ジュースを準備してくれた時、手を洗った?」
わたしの問いかけに、クロは明らかに動揺したようすで、
「あ〜、どうだったかな……」
と、曖昧な答えを返す。
わたしは、薄目で彼を凝視したあと、笑顔で可愛く伝えた。
「ちゃんと、手は洗おうね!」
すると、クロは、
「アメリカの映画じゃ、家に帰って来ても、手を洗わねぇじゃん……」
などと、ブツブツ言いながら、洗面所にわたしを伴ってくれた。
※
手洗いを終えて、カラオケ・ルームに戻り、ジュースをグラスに注いで準備を整えたわたしたちは、ソファーに腰掛ける。
「知ってるか、プレステでカラオケが出来るんだぜ!?」
そう言いながら、テレビの電源を入れて、プレイステーションを起動し、カラオケ用のアプリを選択した。
アプリの情報画面では、十五万曲もの楽曲が配信されている、とのことで、自分の希望する曲がラインアップされていることも期待できた。
彼が、器用に機器を使いこなすようすをながめながら、
「クロは、機械を使うのが得意なの?」
そうたずねると、
「いや、これくらいは普通だろ? オレはスマホも持ってねぇしな。こういうのは、ソウマの方が得意だな」
と、返答があった。また、同じ友だちの名前だ。
「ふ〜ん、そうなんだ〜」
適当な相槌を返すと、クロも特に関心は示さず、
「準備できたぜ! 歌いたい歌があれば、検索するぞ!なんでも言ってくれ!」
と、楽しそうな表情で語りかけてくる。
ただ、初めてお邪魔する家で、自分から歌わせてもらうのは、少々気が引けた。
この頃のわたしが、引っ込み思案な性格だったということは、このあたりからもわかってもらえると思う。
「わたしは良いから、クロが先に歌ってよ……」
クロに、そう伝えると、彼は少し困った顔をして、「そっか……」と言いながら、コントローラーを操作し、検索画面に文字列を打ち込む。
クロが、《ゲラゲラ……》と文字を入力すると、予測検索で、『ゲラゲラポーのうた』が表示された。
「『妖怪ウォッチ』?」
クロにたずねると、彼は「あぁ……」と、つぶやいたあと、
「シロ、知ってるか? 『妖怪ウォッチ』のコマさんと『マクフロ』のシェリルは、同じヒトの声なんだぜ! ソウマが言ってた!」
と、得意げな顔で言ってきた。
内容の薄い豆知識をドヤ顔で語ったこと以上に、
(また、おなじみのソウマ君か……)
そう感じて呆れていることを、なるべく表情には出さないようにしながら、
「そうなんだ……! 知らなかった……!」
どうでも良いトリビアを披露した男子の顔を立てていると、曲のイントロが始まり、続けてクロが歌い出す。
前半は、ラップ調の歌詞にも関わらず、クロはリズムを外すことなく見事に一曲を歌い上げた。
パチパチパチと、拍手をしながら、
「クロ、スゴいね! 結構、上手じゃない!!」
わたしが言うと、クロは、
「大したことねぇよ」
と答えながら、フッと笑った。
その表情を見た瞬間、わたしの中のスイッチが切り替わるのがわかった。
クロに負けていられない、という対抗心。
彼に自分の歌声を聞かせて、認めさせたい、という承認欲求。
そのどちらの想いが強かったのか、いまとなってはわからないが、クロが歌声を披露するまでは、尻込みする気持ちが強かったわたしのハートに火が着いた。
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