回想②〜白草四葉の場合その1〜壱

 この四月から新たに通うことになった高校の敷地の南側に広がる農業用水地。


 ここは、十年以上前に話題になったアニメ作品のロケ地としてファンに知られている場所だ。

 小学五年生になる直前の春休み、わたしは、この場所で、彼と出会った――――――。


 当時のことを思い出すと、今でも、胸の奥から、色々な感情がこみ上げてきて苦しくなるけれど……。


 それでも、あの日と同じように、クロがこの場所に来てくれたことで、わたしは、六年前の印象的な出来事を思い出さずにはいられなかった。


3月25日(金)


 数日前――――――。


 四年生の三学期の通常授業が終了した日から、わたしは、家庭の事情で、母の故郷である伯父夫婦の家で過ごすことになった。


 子供のいない伯父夫婦は、「我が家に、カワイイお嬢さんが来てくれた!」と、自分を歓迎してくれたが、十歳にもなると、大人の事情も理解でき始めるし、母と離れて一人で親戚の家で暮らすことの居心地の悪さは、どうしても拭えなかった。


 平日の日中は仕事に出る伯父と、専業主婦ながら午後から外出することの多い伯母に対して、二人の家に自分一人だけが残っているのも気を使うため、『暗くなるまでに帰ること』を約束し、自宅から宅配便で配達してもらった自転車に乗って、市内のあちこちをあてもなく見回ることが、春休み中のわたしの日課になっていた。


 伯父夫婦宅に居候することなってから三日目のこの日は、少し遠出することにして、伯父宅の近くを流れる祝川の東の方角に遠征してみた。


 買ってもらったばかりのスマホで検索すると、祝川の東側には、自宅にいた時にCS放送の専門チャンネルで観ていたアニメ作品の《聖地》が、たくさんあるという――――――。


 余談だけど、両親は、自分たちのせいで、しばらく離れて暮らすことになった娘を不憫に思ったのか、あるいは罪悪感があったのだろうか、わたしは、その年の春に発売されたばかりのiPhoneSEを買い与えてられていた。


 伯母が作ってくれたお昼ごはんを食べてから家を出て、自転車で東の方角に進路を取り、スマホの地図アプリを頼りに、作品のファンの間で『みくる池』と呼ばれる溜め池に到着したのは、午後一時を過ぎた頃だったと思う。


 池の周囲に植えられた桜の花もほころび始めていて、あと、一週間もすれば外周の散歩道は満開の桜でキレイになるんだろうな――――――そんなことを想像していたのを思い出す。


 池の外周に沿った車道から通称・ミクル池の敷地に入ったわたしは、


「ここが、『朝比奈ミクルの冒険』の撮影場所なんだ……」


と、つぶやき、アニメで見たままの風景が広がっていることに、感動を覚えて、しばらく、その光景に見入ってしまった。


(SNSのアカウントを作って、こういう風景を写真を載せたら人気になるのかな?)


 いま、思えば、なぜ、流行りのスイーツや女子らしいアイテムなどではなく、投稿しようと思いついたのが、アニメ作品の風景写真だったのか――――――と可笑しくなるが、その時のわたしは、夢中になってスマホのカメラアプリで写真を撮りまくっていた。


 さらに、


(次は、アニメの風景と同じアングルで撮ってみよう!)


そう考えて、スマホのブラウザで画像検索をして、『ミクル池』とアニメのシーンが比較されているサイトを参考に、作品内と同じアングルを探す。

 外周の歩道で、それらしき場所を見つけたわたしは、横長にしたスマホを両手で支え、画面を見ながら、なるべく作中と同じアングルになるよう、少しずつ前に歩みを進めながら、シャッターボタンを押すべき場所を探っていた。


 その時――――――。

 

 ガン!


 とにぶい音がして、胸のあたりが池の外周を囲む金属製の手すりにぶつかる感触があった。その衝撃に驚いたわたしは、スマホから手を離してしまい、


「あっ!!」


と、声をあげる間に、買ってもらったばかりのiPhoneSE(初代)は、安全柵の向こう側のコンクリートで固められている溜め池の淵に落ちてしまった。


「どうしよう……」


 動揺しながら、周囲を見渡すものの、ヒトの気配は少なく、大人の姿は見当たらなかった。

 幸いなことに、コンクリートの池の淵の部分の傾斜はゆるく、水没は免れたが、


「う〜ん!」


と、安全柵のスキ間に手をつっこんで、スマホを拾おうと試してみるが、子供の短い腕では、どれだけ手を伸ばしても柵の向こうの落とし物には届かない。


「せっかく、買ってもらったばっかりなのに……」


 半分、泣きそうになりながら、安全柵の向こう側を眺めていると、


「どうしたんだ?」


と、声がする。


 振り返ると、心配するような表情でこちらを見つめる、自分と同じ年くらいの男の子が、立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る