第8章〜やるときはやるんだ〜⑦
黒田竜司との買い物を終えたあと、伯父夫婦の家に帰宅した白草四葉のスマホには、壮馬からLANEのメッセージが入っていた。
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合い言葉について良いアイデア
が浮かびました!
《ディスコール》のアカウント
を持ってたら教えて!
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主に、オンライン・ゲームの共同プレイやゲーム実況の配信などで利用されるボイスチャット・サービスを指定してきた壮馬に、四葉は自身のアカウントを返信する。
自室として借りている部屋に移動したあと、引っ越しの時に実家から持ってきたノートPCにアクセスし、《ディスコール》のアプリを起動すると、程なくしてグループ通話の招待が着信し、通話ボタンをタップした。
PCのディスプレイには、自宅にいる壮馬と、自室のマンションの竜司の姿が表れる。
「オンラインでゴメンね〜。二人に集まってもらっても良かったんだけど、なかなか時間がなくて……」
と、四葉が入室したことを確認した壮馬が声を掛ける。
「大丈夫だよ〜! それより、黄瀬クン! なにか良いワードを考えてくれたんだって?」
「うん! 二人に意見を聞きたくてね! 早速だけど、本題に入らせてもらって良いかな?」
画面越しのクラスメートに向かって問う壮馬に、「あぁ、頼む!」と応じる竜司。
その返答にうなずいた彼は、
「ねぇ、竜司と白草さんは、今回の告白を『復讐の機会』と、捉えてるよね?」
「あぁ……相手に対して、ではなくて、春休み前のヘタレだった自分自身に対して、だけどな……」
竜司が苦笑交じりに言うと、上機嫌だった四葉は微かに眉を動かす。
彼らに質問を投げかけた壮馬は、再度、首をタテに振りながら、
「それなら、この映画を参考にしてみない?」
と、画面配信ボタンをクリックし、《YourTube》のアプリを表示させる。
『トラ・トラ・トラ』のキーワードで検索をかけた彼は、検索結果から、一本の映画作品のダイジェスト版を再生させた。
「また、昭和の映画からの引用かよ……相変わらず趣味が偏ってんな〜」
苦笑しながら挟まれる竜司のツッコミを受け流すかのように、画面には、
『Tora!Tora!Tora!』のタイトルが表れ、続いて戦艦の艦上に立つ白い軍服姿の軍人たちが映し出された。
「えっと、この辺りだったかな……」
壮馬がシークバーを動かすと、動画は田村高廣演じる淵田美津雄中佐ほか二名が搭乗する九七式艦上攻撃機のクローズアップ・シーンに遷移する。
「水木兵曹! 発信! 全軍突撃せよ!!」
淵田中佐の命令一下、水木兵曹が『全軍突撃』を意味するモールス信号のト連送を打電した。
さらに、艦上攻撃機を操縦する松崎大尉とともに、対空砲陣地からの攻撃や真珠湾上空に敵戦闘機の存在がないことを確認すると、淵田中佐は、再び命令を下す。
「水木、発信! ワレ、奇襲に成功セリ! トラ・トラ・トラ、や!」
戦史に残る印象的なセリフを確認した壮馬は、画面越しの竜司と四葉に交互に目をやりながら、ニヤリと笑う。
その後、動画サイトの映像は、戦艦ネバダを捕捉し、攻撃態勢に入る淵田機の場面に移って行くが、壮馬は訳知り顔で持論を展開する。
「このシーンは、史実に忠実に描かれているみたいなんだけど……興味深いのは、『我、奇襲に成功せり! トラ・トラ・トラ』の言葉が、実際に奇襲攻撃が成功した後ではなく、攻撃開始前に打電されていることなんだよね」
ここで、言葉を区切った彼は、さらに語り続ける。
「今回の計画の確認のために、あらためて白草さんの恋愛講義録を読んでいて思ったんだけど……相手に対して、
壮馬の言葉に、竜司と四葉の二人はうなずく。
「『孫子の兵法』にも、《勝利する軍隊は、戦う前に勝利を得て、それから戦争をする》という意味の言葉があるらしいけど、これって、恋愛にも当てはまるんだろうなって……」
また、一呼吸を置いた壮馬は、
「いま、見てもらっている映画でも、本番の真珠湾攻撃の前に、日本海軍の航空隊は、水深の浅い湾内を想定した猛訓練を行う場面が描かれているんだけど……その厳しい訓練の裏打ちがあるからこそ、航空隊は、敵の対空砲や戦闘機さえいなければ、当時の常識を覆すような自分たちの攻撃が成功する、という確信が持てたんじゃないかな?」
ここまで一気に語ったあと、自身の熱弁に聞き入っている二人の姿をディスプレイ越しに視認して、我に返ったように、
「つまり、何が言いたいかと言うと……」
と、前置きし、最後は、熱くなった自分をクールダウンさせるように、
「せっかくだから、ここまで努力してきた竜司が、告白に成功したあかつきには、この『トラ・トラ・トラ!』を参考にした暗号みたいなモノを合い言葉にすればイイんじゃないかな?」
トーンを下げつつ、照れ隠しなのか、こめかみのあたりを左手の指でかきながら、自らの主張を締めくくった。
同級生男子の突然スイッチが入ったかのような主張に、微笑をたたえた竜司が、画面越しの四葉に語りかける。
「普段は、醒めてるように見えて、実は、こういう熱いヤツなんだよ、壮馬は……」
「そっか……クロが、熱心にソウマ君のことを話してた理由が、ちょっとだけ、わかった気がする」
苦笑しながら、つぶやいた四葉は、すぐに表情を切り替えて、
「ありがとう! 黄瀬クンの想いは、伝わったよ! それで……どんな合い言葉にすればイイかな?」
と、穏やかな笑みをたたえながら、二人にたずねる。
その問いかけに、壮馬は待ってました、とばかりに、ドヤ顔で、自身の見解を披露した。
「それは、やっぱり、この企画の主役である竜司の名前と、今回の目的にあやかって、竜=ドラゴンをもじった、『ドラ・ドラ・ドラ!ワレ、復讐ニ成功セリ』しかないでしょ!?」
その言葉に、
「「異議なし!」」
と、うなずく二人。
自分の名前と関連するキーワードが選定されたことを満足した表情で受け止める黒田竜司と、そんな彼以上に、
「我が意を得たり!」
という満面の笑みを浮かべる白草四葉。
彼女が合い言葉の提案者であるとは言え、その心の底からの喜びが隠せないような表情が、壮馬には、妙に印象に残った。
こうして、芦宮高校オープン・スクールにおける一大企画『黒田竜司の告白大作戦・コードネーム:ドラ・ドラ・ドラ!』の決行が最終決定された。
《ディスコール》の通話を終えた壮馬は、竜司と四葉宛に、今回の一大計画の発動と行動日を意味する
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発 黄瀬壮馬
宛 黒田竜司・白草四葉
カブトヤマノボレ ◯五◯七
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のメッセージをLANEに打電する。
一仕事を終えた壮馬が、翌週のオープン・スクール本番に想いをはせつつ、
(さて、今日やるべきことは終わったし、レース動画を見ながら、明日の春の天皇賞の展開予想でもするか……)
などと、考えていると、文芸部の部長を務めるクラスメートから、LANEのメッセージに着信があった。
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