第8章〜やるときはやるんだ〜⑥
首都圏にある有名テーマパークに存在するエリア名と同じ名称のそのテナントは、男性客中心の落ち着いた雰囲気を持つ店舗だった。
「そろそろ、紫外線が強くなって来る季節だからね〜。今年は、サングラスを贈ろうと思うんだけど、クロはどう思う?」
「イイんじゃね? そのヒトに似合ってるモノを贈ってあげたら、喜ぶんじゃないか?」
「だよね! それで、どんなカタチのフレームが似合うか、クロに相談に乗ってもらおうと思ったんだ!」
相変わらず屈託のない笑顔で、シロは応じる。
彼女に頼ってもらえることは嬉しく感じるのだが、その表情の眩しさに、オレは、複雑な感情を抱かずにはいられなかった。
(あれから、もう六年も経ってるし……シロにも、そういう相手が居て当然なんだよな)
そう考えると、なぜか、喉の奥にツンとした痛みのようなものを感じた。
それでも、新学期になってから、彼女にもらったアドバイスの数々は、オレにとって、とても役立つモノばかりだった。シロが、頼ってくれるのなら、自分もその期待に応えたい、と思う。
そんなことを考えながら、彼女からのリクエストに応じることにした。
「そのヒトは、どんな顔のカタチなんだ? メガネでも、サングラスでも、顔の形と相性の良いフレームがあるだろ?」
メガネのフレームのシェイプ(形)には、レンズが丸形のラウンド型、楕円形のオーバル型、横長で角のあるスクエア型、丸みがありつつも上の部分が台形や逆三角形を描いているボストン型、台形を逆さにしたような形でメガネの定番とも言えるウェリントン型がある。
どんな顔のタイプにも無難に似合うオーバル型を除けば、それぞれのフレームのシェイプには、相性の良い、顔のカタチがあるのだ。
丸顔にはスクエア型、アゴのとがった三角顔にはボストン型、四角形の角型の顔には、丸メガネのラウンド型、面長のタイプの顔にはウェリントン型とボストン型が相性が良いとされている。
そのことを念頭に置いた上で、プレゼントする相手の顔のタイプをたずねると、彼女は、
「う〜ん、そうだな〜。顔のカタチは、わたしを参考にしてもらえばイイかな〜?」
と、答えた。
卵型で面長でありつつ、キレイな丸みを帯びた顔には、ウェリントン型とボストン型、さらに、シャープな印象を与えるスクエア型のフレームも似合う気がした。
ガラスケースの中のサングラスに目を移しつつ、彼女にたずねる。
「シロの顔を参考にするなら、丸メガネ以外のフレームなら、どれも相性が良いと思うぞ? 店員さんを呼んで、試してみるか?」
「うん! そうする!」
快活に応えた彼女は、早速「すいませ〜ん!」と近くにいた店員を呼び、ガラスケースの中の展示品を取り出してもらうよう伝えた。
そうして取り出してもらった三種のフレームのサングラスを次々と試着し、そのたびに、彼女は楽しそうな笑顔まじりで問いかけてくる。
「どうかな?」
正直なところ、「どう?」と問われても、贈られたモノを使用するのは、彼女ではないので、感想を求められても答えようがないのだが――――――。
「こういう時に、『どれでもイイんじゃね?』とか言うのは、禁句なんだろ?」
そう冗談めかして答えると、彼女は、フフッ……と、笑みをこぼしながら、
「わたしの講義が、少しは役に立ってるみたいね! クロも色々と考えるようになったみたいで、嬉しいな!」
などと、感慨深げに語る。
「ヨツバ先生の講義のおかげだよ」
苦笑しつつ答えるオレに、「そっか、そっか」と、彼女は満足げにうなずいたあと、
「で、どれが良いと思う?」
と、結論を求めてきた。
相手の風貌を認識できていない、という一点だけでも無茶振りな質問だと思うのだが、
「あ〜、相手のヒトの顔をよく知らない上でのアドバイスで良ければだが……スマートなスクエア型も似合うとは思うが、紫外線を気にする季節でサングラスを選ぶなら、なるべくレンズの部分が大きくて、顔を覆えるモノが良いんじゃないか?」
と返答しておく。
すると、彼女は、「やっぱり、そうだよね!」と、声を弾ませて言ったあと、嬉しそうな表情で、両手でオレの手を握ってきた。
「わたしも、そう思ってたんだ〜。やっぱり、クロに来てもらって良かった!」
その仕草と言葉に、握られた手と顔が同時に火照るのを感じる。
「い、いや、そんなに大したことじゃねぇよ……」
言葉につまりながらも、そう返答すると、シロは、
「フフッ……クロ、カワイイ」
と、つぶやいたあと、試着した中から、レンズの部分が最も大きなモノを選び、店員に声を掛けた。
「これにします! プレゼント包装をしてもらえますか?」
「かしこまりました。それでは、こちらの受付番号を持って、レジの方へお越し下さい」
スマートな印象の店員は、丁寧に頭を下げると商品をカウンターの方に去って行く。
店員が立ち去ったのを確認すると、シロはすぐにコチラに向かって振り返り、声を掛けてきた。
「
「いや、初歩的なことだ。フレームの形と顔の印象についての基本的なことを言っただけだから……」
「そうなんだ! わたし、そういうこと
「あ〜、ウチの母親が、雑貨や小物を扱う仕事をしてるだろ? それで、こういうことを、ちょくちょく教えてくれるんだよ」
「
「そんな……誉めてもらえるようなことでもないけどな……」
「でも、
「そっか、それなら役に立つことが出来て良かったかな……大したアドバイスは出来ないかも知れないが、こういう基本的なことで良ければ、また聞いてくれ」
「
「あぁ、オレで良ければ、いつでも声を掛けてくれ」
そう返事をすると、シロはまたも口角を崩し、「ありがとう」と微笑んだ。
そして、五桁の金額という高校生が贈るモノとしては高額なプレゼントの支払いを終えた彼女は、両手を組んで、「う〜ん」と伸びをしたあと、
「これで、一つ目のプレゼントは大丈夫! あとは、クロも大好きなあの洋菓子店で、期間限定のケーキ『モナムール』を予約するだけ!」
と、独り言のようにつぶやく。
その言葉を聞くともなしに聞いていたオレは、シロが口にしたケーキの名前が気になっていた。
パリをはじめ、頻繁に渡仏する母親の影響で、少しばかりフランス語に親しんでいるオレは、その言葉の意味を知っていたからだ。
直訳すると、mon amour = 私の愛。
シロの言う『私の愛する人』が、誰なのか――――――。
そのことばかりが気になりながら、オレは、その日を過ごすことになった。
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