第7章〜ライブがはねたら〜⑤
その声に振り返ると、吹奏楽部の次期エースとして、見事にソロ・パートを務めあげた紅野アザミの姿があった。
「紅野……」
と、返事をすると、女子クラス委員は、穏やかな表情で、講堂に来訪した理由を告げた。
「そろそろ、クラブ紹介が終わる時間だから、放課後の
「あぁ、ありがとう。ちょうど、すべてのクラブ紹介が終わったところだ」
返事をすると、司会の生徒自治会からの閉会のあいさつが終わり、解散となったのか、階下のフロアが騒がしくなり、新入生が講堂の後方にある扉の方に歩いてくるようすが見えた。
自分たち広報部の活動も、これにて終了となる。
あとは、放課後に音響や映像機材の片付けを手伝うだけだ。
一仕事を終えて肩の荷が降りたためか、不意に「フ〜」と息を漏らしてしまった。
「お疲れさま……昨日も遅くまで残って、私たちの演奏の映像を編集してくれてたんだね……ありがとう……」
紅野は、そんな風に感謝の言葉を口にし、続けて、少し不安げな面持ちでたずねる。
「それで、私たちの演奏は、どうだったかな……?一年生の子たちは、どんな反応だった?」
「あぁ、バッチリ新入生にアピールできていたと思うぜ! 特に、紅野のソロ・パートが終わった時は、客席から拍手が起こっていたからな!」
講堂全体からすれば、さほど大きな音ではなかったが、確実に彼女の演奏に心打たれたであろう新入生がいたことを伝えるために、吹奏楽部のクラブ紹介時のようすをそのように伝える。
「そっか……そうなんだ……良かった……」
はにかみながらも、嬉しそうな表情で答える彼女の姿を目にして、自分の鼓動が高鳴るのを感じる。
「あぁ、紅野の演奏のスゴさは、確実に一年の連中に伝わっていたと思うぞ……」
彼女の声に応じて、そう返答し、そして、「練習の成果が出て、良かったな……」と、紅野アザミに伝えようとしたとき、
「クロ〜〜〜〜〜!!」
小学生時代のオレのあだ名を呼ぶ声がした。
今度の声の主は、確認するまでもない――――――。
今の時点で、オレの名前をそう呼ぶ人間に、心当たりは一人しかいない。
「あっ、白草さん……」
二階にあるテラス席の階段を登ってきた白草の姿を確認した紅野が、声を掛ける。
「あぁ、紅野サン……」
声を掛けられた白草は、そう返答したあと、「なんだ、あなたも居たの?」と、意外そうな表情を見せ、挑発的な態度で、問い掛ける。
「クラス委員の紅野サンが、どうして講堂に? クロ……じゃなかった、黒田クンのことが気になって、ここまで来たとか?」
「あ、あの……そうじゃなくて……そろそろ、クラブ紹介が終わる時間だから、谷崎先生が教室に戻って来てって……」
「そっかそっか……それは、ご親切に。あっ、紅野サンの吹奏楽の演奏、ホントに良かったよ! 一年生の子たちからも、拍手が起こってたし」
白草は、こちらの方に歩み寄りながら、見事にソロを務めあげた紅野の演奏を称賛したあと、
「さすが、委員の仕事を黒田クンに押し付けて練習してただけはあるね」
などと、笑みをたたえながら、とんでもないことを言い放った。
「えっ!?」
「おいっ!!」
紅野とオレの声が重なる。
「あの……私、そんなつもりじゃ……」
「いや、気にするな紅野! もともとは、オレが言い出したことだから……白草も、余計なことを言わなくてイイから!」
なんとか紅野をフォローしようと声を掛け、白草をたしなめるべく、言葉を続けるが、クラス委員は決まり悪そうにうつむいたままだし、転入生に至っては、
「わたしは、なにも間違ったことは言ってないし……」
といった表情で、全く意に介していないように振る舞っている。
さらに、白草四葉は、
「そんなことより〜」
と、これまで、ほとんど聞いたことのない甘い声で、
「わたしの歌は、どうだったの、クロ?」
と、問い掛け、こちらに近づいて来たかと思うと、オレの腕にしがみついてきた。
「ちょっ……ナニやってんだよ!?」
動揺するオレに、紅野も意外そうな表情をしている。
「えっ!? 白草さん、クラブ紹介に出たの?」
会話の流れからして、当然、感じたであろう疑問を紅野アザミは口にした。
転入してきて、まだ一週間の白草が、何らかのクラブに所属し、なおかつ、クラブ紹介という各クラブの大役を任されるなど、考えられないことだ。
しかも、白草自身は、担任のユリちゃん先生に、「新入生と同じようにクラブ紹介を見学したい」と申し出ていたのだ。
クラス委員の紅野が、担任からそのことを聞いているなら、白草の言動が不可解に感じることは言うまでもないことだろう。
「うん! 黒田クンたち、広報部の活動をわかりやすく伝えるための特別ゲストとして、わたしのお気に入りの歌を歌わせてもらったんだ! 舞台の方からは、一年生の子たちに盛り上がってもらえたように感じたけど、クロの感想はどうだった?」
紅野とオレの方を交互に見ながら、白草四葉は、なぜか勝ち誇ったかのような笑みで問いかける。
呆然として言葉が出ないオレたちクラス委員の二名をよそに、テラス席の階下から、ちょうど、講堂の出入口付近に集まってきた新入生たちの賑やかな声が聞こえてきた。
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