第7章〜ライブがはねたら〜④

 あの時、自分が名乗っていた名前をサッサと名乗り出れば良いモノを……。


 回りくどいやり方で、サプライズを仕掛けるあたりに、現在の白草四葉の人間性というか、性格が表れている気がする。


「あの時は、もう少し、素直で可愛げがあったと思うんだけどな……」


 小学校高学年になる直前の春休みの記憶をたどり、懐かしさを覚えつつ、一人言のように、つぶやくと、スマホからは、壮馬の声が聞こえてきた。


「竜司〜、聞いてる〜? ボクはともかく、広報部に協力してくれた白草さんには、ちゃんとお礼を言いなよ〜」


「あ〜、歌の感想と一緒に伝えとくよ……」


 スマホの向こうの声の主にそう返答して、通話を切ると、ちょうど、演奏は終盤に差し掛かっていた。

 客席のオーディエンスからすると、演奏中の楽曲はリアルタイムで楽しめた世代ではないだろうが、講堂内は、クラブ紹介とは思えないくらい、異様な盛り上がりを見せている。


(ステージの上に居るのが一番楽しそうなのは、あの時と変わんね〜な、シロは……)


 そんな感慨に浸りながら、舞台を眺めていると、歌い終えた彼女が観衆に手を振って応えていた。


「アリーナのみんな、ありがとう〜! 二階席も盛り上がってくれた〜?」


 舞台上の歌姫が、突如として、テラス席を名指しするようにコールを振ると、アリーナ席(?)の新入生の視線が、一斉にコチラに注がれた。

 両手を大きく振る身振りで応じると、一階席からは、


「「「うおおおおおお〜〜〜〜〜〜!!!!!!」


という声が上がった。

 まったく、今年の一年は、ノリの良い連中である。


「二階席のヒトも、ありがとう〜! それじゃ、あとは広報部の部長サンにお任せしま〜す」


 そう言って、近未来風の衣装に身を包んだ転入生は舞台を降りて行った。

 白草からバトンを受け取ったホウカ部長は、堂に入った語り口調で、自分たちの活動の紹介に入る。


「はい! 今年から我が校に転入してきた、二年生の白草四葉さんのステージをご覧いただきました〜。素晴らしいパフォーマンスをありがとう、白草さん!彼女には、来月のオープン・スクールでも、いま観てもらったようなステージを披露してもらう予定です」


 鳳花部長は、まるで何度もリハーサルを重ねたかのような落ち着いた口ぶりで語っている。


「私たち広報部では、学校や各クラブの活動をより広く知ってもらうために、色々な企画を立案し、実行するために、舞台設置、撮影、放送など、さまざまな仕事を行っています。裏方に徹して、地味な作業と感じることもあるかも知れませんが、広報部の活動に興味を持った新入生は、ぜひ、放課後の放送部に遊びに来て下さい」


 頼りになる先輩の言葉に、


「『裏方に徹して、地味な作業』をするはずの部が、一番目立ってどうするんだよ……」


と、つぶやきながら苦笑してしまった。


 オレは、常々、自分たち広報部の活動内容を実社会に例えると、広告代理店に近いのではないか、と考えている。

 部員数が少なく、廃部の危機に瀕していた新聞部と映像研究会を、放送部に所属していた鳳花部長が、手練手管を駆使して吸収合併したのが、現在の広報部の成り立ちだ。


 そして、校内放送だけでなく、活字と映像メディアを使って、学校自体や他のクラブの広報を行うと言う活動理念は、まさに、世の中に広告代理店という職業が必要とされている理由と結び付いているように感じる。

 ただ、実社会において他社の広告を行うことを生業とする会社自身が、有名アーティストを起用して、自社の宣伝活動を行う、なんて話しは聞いたことがない。       


 始業式の日のクラスの女子たちの反応を見るに、SNS上で大きな影響力を持っている白草四葉は、著名な芸能人などに例えても良いだろうから、校内で最も注目を集めることのできる人物に広報部自体の宣伝に協力してもらうのは、いくらなんでもやりすぎだ……。


 広告代理店の業務というものは、鳳花部長自らがクラブ紹介で説明したように、『裏方に徹する』ことこそが本来の姿であり、自分たちが他のクラブを押しのけて、目立つような活動は、厳に慎むべきであるハズなのだが――――――。


(まあ、これだけ派手な演出に賭けたってことは、部長自身も人手不足には危機感を覚えてることか……)


 そう考えて自嘲気味に微笑するしかなかった。


 それにしても――――――と、思う。


 ついさっきまでは、壮馬の編集技術のおかげで、今年のクラブ紹介は、文芸部か吹奏楽部が、もっとも注目を集めた『勝ち組』になると考えていたが……。


 チカラ技のド派手な演出で、他のクラブの印象を一瞬で吹き飛ばしてしまった白草四葉は、(七年前のあの時に感じたように)やはり特別な存在なのだ。


 もっとも、あの性格からして、このあと、自身のステージの感想をたずねるため、どんな風にウザい絡み方をしてくるのかを考えると、頭が痛くなるだけなのだが……。


 そんなことを考えながら、クラブ紹介を終えて、舞台から降りる我が部の部長を眺めていると、背後から、


「黒田くん……」


と、オレの名前を呼ぶ声がした。

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