第5章〜白草四葉センセイの超恋愛学演習・応用〜⑤

4月14日(木)


 新入生向けのクラブ紹介は、翌日に迫っていた。

 春休み中の壮馬の不眠不休の奮闘と、オレ自身が各クラブに赴いて行った折衝により、前日までには、多くのクラブで代表者による最終確認が済んでいたのだが――――――。

 

紅野アザミの所属する吹奏楽部だけは、


『演奏のクオリティーにこだわりたい』


という部員たちの希望により、演奏シーンの撮影を本番前日のこの日に行うことになっていた。

 

他のクラブのリハーサル確認は、花金部長たちが行うということで、オレと壮馬は、吹奏楽部の練習室に移動し、演奏シーンの撮影係を担当する。


「ハァ……それにしても、我が広報部は人使いの荒い部活だよな。壮馬は、春休みをプロモーション映像の編集で潰されてたし……」


 練習室に向かう途中、オレは、ため息を交えつつ言葉を続ける。


「オレも今週は、クラス委員の仕事をこなしながら、家に帰ってから、各クラブの代表者に映像確認のお願いをしてたんだぜ! 放課後の業務に、残業手当ては出ないのか!?」


 そう言って、壮馬に愚痴をこぼすと、相棒は「これくらいで文句を言うなよ……」と、ばかりに言葉を返してきた。


「紅野さんにイイところを見せようとして、クラス委員の仕事を請け負ったのは、竜司の自己責任だろう? それに、ウチの部は、常に人手不足なんだから、仕事が多くなるのは仕方ないじゃん」


 広報部部長にして、生徒会副会長の権限により、花金鳳花はながねほうか先輩からオレたち《竜馬チャンネル》の活動を事実上黙認されていることに恩義を感じているからなのか……。

 あるいは、社会に出たら、間違いなく仕事中毒になりそうな壮馬自身の性分なのか、現状の仕事量は、こいつにとって、さして苦にならないようだ。

 さらに、壮馬は、


「それより、ブラバンの演奏の撮影、打ち合わせどおり、シッカリ頼むよ! 紅野さんに、迷惑が掛からないようにしないとね」


と、発破を掛けてくる。


「はいはい、わかってるよ……」


 仕事熱心な壮馬の言い分を受け流したところで、ちょうど、吹奏楽部の練習室の前に到着した。


 月曜日の校内案内の時に、白草とこの場所に来た時とは、やはり緊張感が違う。

 今日は、吹奏楽部の演奏を映像に収めるという大切な使命があるのだ――――――。


 意を決して、大きな扉を開け、


「こんにちは〜。広報部で〜す!」


声を掛けながら、室内に入ると、芸術棟の校舎四階の大部分を占める音楽室には、三十名の吹奏楽部部員全員が揃っていた。


「こんにちは〜!」

「よろしくお願いしま〜す!」


 所定の位置に着いている部員たちから次々に声が掛かる。

 放課後にクラブ紹介のための撮影が行われることは、キッチリと部員たちに伝わっていたようで、すでに演奏の体勢は整っているようだ。


「広報部の黒田くんね? ゴメンね……無理を言って……今日は、よろしくお願いします」


 そう声を掛けてきたのは、吹奏楽部の部長・早見先輩。ゴムで縛ったお下げ髪が印象的だ。以前、紅野に聞いたところによれば、彼女と同じサックスを担当するパートリーダーでもあるそうだ。


「今日のために、みっちり練習してきたから、撮影の方も、シッカリお願いね!」


 そう言って、オレの肩をパンパンと叩きながら快活に語るのは、副部長の寿先輩。 

 女子にしては長身で、ロングヘアーと赤縁のメガネが目を引く彼女は、ユーフォニアムを担当し、低音パートのリーダーを務めているらしい。


「ウチのカメラマンは優秀なので、その辺りは任せてください!」


 我が相棒を指差して返答するが、名指しした当の壮馬は、「面倒な対外交渉は、ソッチに任せた」とばかりに、撮影前の打ち合わせをオレに一任し、自分はカメラチェックなどの作業に入っている。


(まったく……少しは、愛想良くすることも覚えろよな……)


 内心で相方を責めていると、


「それは、頼もしいですね。撮影の方、よろしくお願いします」


 柔らかい物腰で顧問の櫻井先生も会話に加わってきた。

 長身で整った顔立ちから、さぞかし女子部員には人気が高いだろうと想像される音楽教師だが、紅野によれば、部活の指導には厳しく、演奏については歯に衣着せぬ物言いも多いらしく、部員たちからは、『粘着イケメン妖怪』と呼ばれているそうだ。


 とは言え、部内の顧問に対する評価は、撮影係である自分たちには無関係のことなので、そうしたウワサを聞いていることはおくびにも出さず、返答しておく。


「はい、櫻井先生! 指揮者の先生は、向かって右斜め前に固定したカメラで撮影させてもらう予定なので、よろしくお願いします。……で、良かったよな、壮馬?」


 撮影前の確認作業を行いながらも、コチラの会話を聞いているだろうと確信し、相方に声を掛けると、


「うん、オッケ〜!」


と、声が返ってきた。


「――――――だ、そうです」


 壮馬の返答について、苦笑しながら吹奏楽部の関係者に答えると、「わかりました」と、櫻井先生も穏やかに応じてくれた。

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