第5章〜白草四葉センセイの超恋愛学演習・応用〜④

「なんだコレは……!? 教育に壁ドンを組み込む? タチの悪い冗談か? 交通事故に遭ったあと、転生して異世界でハーレムでも作るのが目的か!?」


 あまりに非現実的な内容に、オレは困惑の声をあげる。


「ところが、どっこい……夢じゃありません!! 現実です……! これが現実……!!」


 例によって、壮馬が、連載が長期化したため、古びてしまったマンガのセリフを引用しながら苦笑すると、白草も、あきれたように、オレたちに向かって問いかけてきた。


「国の機関が研究会を開いてるってことは、税金を使って、こういう話し合いをしてるってこと?」


「だろうね……」


 微苦笑をたたえたまま、壮馬は肩をすくめる。

 一方、オレは、ディスプレイを眺めながら、つぶやいた。


「これ、URLの末尾に、『壁ドン内◯府』って、書いてあるな……ものスゴいパワーワードを見た気がするぜ……おまけに、資料の作成日は……一昨日のモノじゃねぇか!? 世界情勢が混迷を極めている最中に、平和ボケ極まれりだな……」


 その一言に、肯定的に首を振りながら、壮馬が、再び口を開く。


「あんまりイジって、揚げ足を取るのもなんだから、この資料に、ツッコミを入れるのはココまでにして……」


 そう言ったあと、オレと白草に向かってたずねてきた。


「ボクが言いたいのは、この資料に載ってる企画に比べたら、白草さんの発案したロープレは、まだ大人し目の方なんじゃないか、ってコト。さっきから続いてる二人のイチャイチャも、壁ドンの練習をさせられるよりは、マシだろう?」


「なに言ってるの黄瀬クン!? イチャイチャなんて、そんな……!!」


 言葉とは裏腹に、白草は、髪の毛を右手の人差し指でクルクルと触りながら、なぜか嬉しそうにニヤけた表情を見せている。

 しかし、こちらの顔をチラリと確認してきた後、彼女は、その崩れた表情を一瞬で引き締めて、語り始めた。


「話しを戻して悪いけど……わたしが、この資料で、どうしても気になるのは、そもそも、女の子が本当に壁ドンのシチュエーションを求めているのかって、コト……コレって、一歩間違えれば恋人同士でもデートDV案件になるしね……」


 白草は、冷静に自身の見解を披露する。


「それに、少女マンガとか、そのテの作品を実写化した映画で良く観るシチュエーションだから、勘違いされがちだけど……壁ドン以上に、女子の胸がキュンとなるシチュは、他にもたくさんあるよ」


「それは……たとえば、どんな?」


 彼女の発言に興味をひかれたオレはたずねてみる。


「そうね……これは、次の段階で話そうとも思っていたんだけど……女子の好きなシチュをあげるとするなら、『危ないときに手を引いてもらう』『頭をポンポンと撫でてもらう』『後ろからギュッと抱きしめられる』とかかな? この三つは、『壁ドン』なんかより、普通に女の子に支持されると思うよ」


 こちらの質問に、彼女は的確に答えを示し、続けて、つぶやいた。


「あっ! 今回の企画を盛り上げるのと、より正確なデータ収集のために、《ミンスタ》と《トゥイッター》で、アンケートを取ってみようかな! それに、そもそも、『壁ドン』って、身体的接触を伴っていないとは言え、セクハラとかパワハラになりかねないんだけど……」


 オレと壮馬も、白草の見解に反応し、会話を再開する。


「なるほど……しかし、『壁ドン』は別にしても、白草のあげたシチュエーションも、あとになるほど、難易度が高そうだな……」


「そうだね……ところで、この『壁ドン』の資料。ネット上に公開されたままだから、週明けには炎上しちゃうと思うんだけど……」


「それも、やむなしだろう……オレたち納税をしていない未成年の目から見ても、ツッコミどころが多すぎる」


「なんにしても、ボクらみたいな『恋愛強者』とは言えない人間からしたら、悪夢としか言えないよ。学校で実技科目に苦手意識を持つ生徒が多いのは、体育や美術で『出来ない自分』を周囲に可視化されるからなんだよね……フォークダンスのような昭和の遺物の陽キャラ向けイベントが、学校から一掃されたことが、令和の時代の良さだと思ってたのに……」


 壮馬は、ここでため息をついて、小刻みに首を振りながら続けて語る。


「もし、こんな授業が学校教育に導入されたら……ボクは、即日、登校拒否状態かオンライン登校の申請をする羽目になるだろうね」


「マジで、笑えない冗談だわ……まぁ、この件が炎上すりゃ、研究会の内容もなかったことになるだろうけどな……」


 そして、壮馬は、再びオレに説得を試みた。


「――――――というわけで、『壁ドン』よりは、はるかに穏やかな白草さんの講義を引き続き受けてみたら?」


(ボクは、あんなロープレ、絶っっっっ対にヤリたくないケドね)


という本音を隠し、親友はオレに受講の続きをうながす。

 オレたちが会話を続ける中、何事か沈思黙考していた白草四葉は、


「じゃ、黄瀬クンからの後押しもあることだし、続きを始めよっか!?」


と、宣言した後、トーンを1オクターブあげた、少しか細い声でたずねてきた。


「ねぇ、黒田クン……黄瀬クンが、わたしたちのことをイチャイチャしてるだって……周りのヒトたちから、わたし達って、どう見られてるのかな? わたし達の関係って、なんなんだろうね……?」


 先ほどと同じように、長い髪の一部を右手の人差し指でクルクルといじりながら、やや上目遣いで、オレに問いかける。

 その表情を目にすると、オレは、再び顔が紅潮しつつあるのを感じ、思わず視線を反らしてしまう。そして、映画のポスターが所狭しと貼られている編集スタジオの壁を見つめた。


 そんなオレのようすを確認した白草は、ニンマリと表情を崩し、


「な〜んて言っちゃう女の子は、どう思う、黒田クン?」


そう言って、こちらの言葉を待っている。

 その一言には、なにかに魅入られたように、明後日の方を向きながら、右手でほおを掻きつつ、


「か、かわいいんじゃね……?」


そう答えるのが精一杯だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る