第1章〜学園一の美少女転校生が、休み時間の度に非モテのオレに話しかけて来る件w〜①

4月8日(金)


 四月の始業式当日――――――。

 校舎の最上階にあたる四階の教室の窓からは、晴れ渡った空と、大きなグラウンドの向こう側に、散り際を迎えた桜の樹々が目に入る。

 これ以上はないくらい、春の日の始まりを感じさせる風景が、視界いっぱいに広がっているにも関わらず……。

 美しい空と桜の色のコントラストを目にしたオレのココロは、真冬の日本海側の空の色と同じくらい、暗く曇っていた。


 「せっかくの新学期なのに、いつまで浮かない顔してんの?」


 前方の席から、声を掛けてきたのは、黄瀬壮馬きせそうま

 小学校時代からの付き合いになる、無二と言ってよい親友だ。

 身長は、オレよりもこぶしひとつ分くらい低いが、流行りのマッシュヘアを程よい長さに伸ばし、波打ちパーマを組み合わせたヘアスタイルと、中性的で柔和な容貌は、某有名男性アイドル事務所に所属していても、おかしくないくらいの顔立ちである。


「この苦しみは、経験した人間ヤツにしか、わからねぇよ……ハァ……」


 ため息を吐きつつ返答する竜司に、


 「まぁ、の痛みは、『日にち薬』でしか治らない、って言うしね」


 壮馬は、ニヤニヤと笑いながら言葉を返す。


 「オマエ……わざわざ、特定のワードを強調するんじゃねぇ!」


 前方に座る壮馬の肩にパンチをお見舞いしようとしたが、壮馬は、器用に身をかわす。


 「まぁまぁ……! せっかくの貴重な竜司の《恋バナ》なんだし……もうちょっと、ボクにも楽しませてよ!」


 「オレの恋愛は、見世物じゃねぇぞ!?」


 声のボリュームを上げた自身に対して、悪びれもせず、「ハハハ……」と、笑いかける友人の姿に、オレは、机に突っ伏して、再びため息をつく。

 新学期の登校初日の通学路は、自分にとって、文字通り茨の道となっていた。


「オッス! 竜馬ちゃんねるの動画、見せてもらったぜ! 残念だったな、竜司……ククク」 

「おはよう! ミンスタの動画を見たけど……二人とも元気みたいで良かった。特に黒田クン、ドンマイ! 今度、他校の女子、紹介してあげようか?」


 壮馬とともに歩く通学の途上、声を掛けてきた男子一同は、こみ上げる笑いを抑えきれず、女子の多くは、憐憫と同情の笑みが入り混じった複雑な表情で、コミュニケーションを図ってきた。

 なぜ、二人に話しかけてくる面々の多くが、オレ自身の非常にかつな話題に精通しているのかといえば……。


 それは、オレと壮馬が小学生の時に登録した動画サイト《YourTube》の『竜馬ちゃんねる』および、その拡散のために、中学生になってから作成した《ミンスタグラム》と《チックタック》の共同アカウントに答えがある。

 春休み前の終業式に、クラスメートの紅野こうのアザミに告白し、見事に玉砕したオレの落ち込みぶりを目にした壮馬は、早速スマホと撮影用カメラを準備して親友にインタビューを敢行し、撮影した動画を


『ホーネッツ1号 人生で初めて失恋しました』


というタイトルで、先に挙げた各種WEBサービスにアップロードしていたのだ。


「ツライ想いは、言葉にして吐き出した方が、楽になるって言うよ……」

「ミンスタのストーリーズなら、一日で動画も消えるし、大丈夫! 竜司の貴重な青春の一ページなんだ! ボクたちの活動記録として動画に残しておこう」


という壮馬の口車に乗せられて、動画をアップすることに同意したのだが、傷心のため、付き合いの長いの性格の悪さに気が回らなかった。

 自らの想いが受け入れられなかったツラさを、滔々と語る六十秒の動画には、壮馬の巧みな編集術によって、ご丁寧にも定番の失恋ソングがBGMとして被せられていた。


「竜司のショボい失恋話が、こんなにドラマチックな映像になるなんて……」

「歌は、いいねぇ。歌は心を潤してくれる。リリンの生み出した文化の極みだよ」


などと、旧世紀のアニメのセリフを持ち出して、失礼極まりない言葉を吐く幼なじみに、反論する気力すら湧かなかった。


「オレの恋愛は、見世物じゃねぇっての……」


 心的外傷後ストレスを発症しかねない、その光景を思い出しながら、先ほどと同じ内容を小声でつぶやきつつ、オレは自分自身の中に残り続ける周囲の雑音をなんとか振り払おうとする。


 しかし――――――。

 オレには、もう一つの懸念事項があった。

 

 それは、相手からすれば、とばっちりでしかないカタチで、迷惑を掛けることになってしまった前年度のクラスメートの紅野こうのアザミと顔を合わせなければならないことだ。

 多くの失恋動画と同様に、動画内では、失恋した相手については一切言及しておらず、偶然とは言え、


「ところで、相手は、どんな娘なんだろう? 気になる」


というコメントが書き込まれた直後に、動画を公開停止にすることができたので、それ以上、想い人だった紅野に対する詮索は行われなかったようではあるが――――――。

 三学期までのクラスメートたちには、その相手について、おおよその検討がついているだろう。

 告白した相手の正体を認識されることなく、また彼女に対して、これ以上迷惑を掛けずに、現在のギリギリの状況を凌ぎ切るには、オレ自身と紅野アザミが別々のクラスになることが最良である。


(もし、このクラス分けで、紅野と別のクラスだったら……なんとか今日中に謝って、あとは明日から、お互いに無関心を装えるかも知れない……)


 すがる想いで、願掛けを行ったオレの祈りは、しかし、天に届くことはなかった。

 新学年のクラス分けが貼り出された校舎前の掲示板には、


 ・黄瀬壮馬

 ・黒田竜司


の名前のあとに、


 ・紅野アザミ


の名が、しっかりと記されていたのだ。


(この世には、神も仏もないのか……)


 十分ほど前の光景を思い出しながら、机に突っ伏したまま、うなだれているオレに、十年来の朋友は、ニヤニヤ笑いながら、絡んでくる。


「どうしたの? そんな、推しのVtuberの中の人に、恋人が発覚した時のファンみたいな打ちひしがれた表情で……」


 オレは、こちらの感情の機微について、まったく配慮しない壮馬をギロリと差すような視線で見つめるが、ヤツは我関せず、といったようすで、


「今年も、窓際後方のベストポジションを確保できて良かったよね! このまま一年間、席替えが無ければいいのに……」


まったく関係ないことを言ったあと、


「あ、でも、竜司にとっては紅野さんと席が近かった一年の時の方が嬉しかったかな?」


と、机に右腕の肘をのせ、顔を寄せながら語りかけてきた。

 後半のセリフは、明らかに皮肉屋の壮馬ならではの言葉だろうが、正直なところ、オレは、紅野アザミと座席が離れたことに、かなりホッとしていた。

 教室に入る前の新学期最初の彼女との再会は、なんとか気まずさを残さずに終えたものの、座席が近く、会話をする機会が増えるような場合に、平常心を保ち続けられる自信が、今の自分にはない。


(クラスが同じになったとは言え、とりあえず、席順も離れているし……去年のように、同じ委員会に所属したりしなければ、自然に一人のクラスメートとして認識してもらえるだろうか……)

(ただ、その前に、春休みの動画のことで、紅野に迷惑を掛けてしまうかも知れないことは、謝っておかないとな……)


 そして、三度目となる深いため息をついて、


(ハァ……元はと言えば、コイツが余計な提案をしてこなければ……)


 前方の席から、こちらを見つめる悪友をもう一度ジロリと睨む。


「なんだよ!? 急に、『憎しみで人が殺せたら……』みたいな目付きで、見てきて……」


 相変わらず、古典的名作マンガのセリフを引き合いに出す壮馬に、


「オレに呪霊が使えたら、のモノをおまえにんでやりたい気分だ」


と、令和初頭を代表するメガヒット作品を引用して応酬すると、


「ふ〜ん。呪術高専に転校したければ、お好きなように……」


友人は、素気なく返答し、「ところで、転校と言えばさ……」と、話題を変えた。


「紅野さんの後ろの席、誰も座らないままなんだけど、やっぱり、新学期でも転入生の紹介ってあるのかな?」


 壮馬の一言で、紅野アザミの真後ろにあたる窓から二列目、前から二番目の座席に目を向けると、確かに、そこは空席のままだ。


「クラス分けの掲示板には、紅野さんのあとに、白草四葉しろくさよつばって名前があったけど……ウチの学年に、こんな名前の生徒っていたっけ? 転入生なのかな? それに、これって……『クローバー・フィールド』のヨツバちゃんと同じ名前だよね」


「ヨツバチャン? 誰だそれは? 有名人なのか?」


 聞き覚えのない名前が出たことで、視線を前方の席に向けながらたずねると、冷やかし半分、呆れ返る感情が半分、といった感じで壮馬は、こちらの言葉に返答する。


「わずか十歳にして、テレビ局の歌番組で話題を独占! 有名女優の娘にして、《ミンスタグラム》のフォロワー数一◯◯万人オーバーのヨツバちゃんを知らないなんて……竜司、ホントに高校生なの!?」


「好きなアニメや映画が、ことごとく前世紀の作品の壮馬に言われたかね〜よ!!」


 ツッコミを兼ねた反論をしつつ、オレは言葉を続ける。


「その、ヨツバちゃんとやらも、ただの同姓同名なだけじゃね〜のか? そんな有名人が公立校に転校してくるなんてあり得ないだろ?」


 彼の言葉に、親友は、


「ハハ……たしかに、そうだね……」


と、苦笑した。


 教室内には、友人たちとの談笑のため、席に着いていない生徒もチラホラといるものの、他の席と違い、彼らが視線を送るその座席にだけは、通学カバンが掛かっていないため、現時点で、いまだそのあるじが、教室内に存在しないであろうことが推察される。


 オレの意識が、最前列の席で友人と談笑しているクラスメートから、教室全体の雰囲気に向かうと同時に、朝のショート・ホーム・ルームの時刻を告げるチャイムが鳴った。

 クラス内の喧騒は、ボリュームが抑えられ、ほどなくして、勢いよく開いた教室前方の扉から、新しい二年A組の担任である谷崎ゆり先生が現れる。


 そして、その後には、一人の女子生徒の姿があった。


 担任教師に連れられた彼女が、教室に脚を踏み入れた途端、クラス中の空気が一変するのがわかった――――――。

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